TOP(戻る)温故知新(戻る)、 世界三大古典詩集 ( 「詩經」「万(萬)葉集」「ソネット集 SONNET(Shakespeare)」

万葉集(萬葉集 Man'yōshū)は日本人の心の古典、「万世にまで末永く伝えられるべき歌集」
巻第一 巻第二 巻第三 巻第四 巻第五 巻第六 巻第七 巻第八 巻第九 巻第十 巻第十一 巻第十二 巻第十三 巻第十四 巻公第十五 巻第十六 巻第十七 巻第十八 巻第十九 巻第二十 動画 研究史 紹介
新元号【令和】『REIWA』 典拠は巻第五「万葉集」32の序文(0815~0862)


萬葉集  巻第十二 雑歌 
 (とをまりふたまきにあたるまき くさぐさのうた ) 

(巻第十一に同じ)    鹿持雅澄『萬葉集古義』  


(ただ)心緒(おもひ)を述ぶ〔百十一首。十一首、人麿集。百首、人麿集外。

2841 我が背子が朝明(あさけ)の姿よく見ずて今日の間を恋ひ暮らすかも

2842 ()が心息づき()へば*新夜(あらたよ)の一夜もおちず(いめ)にし見ゆる

2843 (うつく)しと()()ふ妹を人皆の行くごと見めや手に()かずして

2844 この頃の()の寝らえぬは敷妙の手枕(たまくら)まきて寝まく欲りこそ

2845 忘るやと物語して心遣り過ぐせど過ぎずなほそ恋しき

2846 夜も寝ず安くもあらず白妙の衣も脱かじ(ただ)に逢ふまでに

2847 後に逢はむ()をな恋ひそと妹は言へど恋ふる間に年は経につつ

2848 直に逢はずあるは(うべ)なり夢にだに何しか人の言の繁けむ

2849 ぬば玉の夜の夢にを*見え継ぐや(そて)乾す日なく(あれ)は恋ふるを

2850 うつつには直に逢はなく夢にだに逢ふと見えこそ()が恋ふらくに

2944 人言を繁みと妹に逢はずして心のうちに恋ふるこの頃*

以上ノ十一首ハ、柿本朝臣人麿ノ歌集ニ出ヅ。

2864 我が背子を今か今かと待ち居るに夜の更けぬれば嘆きつるかも

2865 玉くしろ()()る妹もあらばこそ夜の長けくも嬉しかるべき

2866 人妻に言ふは誰が言狭衣のこの紐解けと言ふは誰が言

2867 かくばかり恋ひむものそと知らませばその夜はゆたにあらましものを

2868 恋ひつつも後に逢はむと思へこそおのが命を長く欲りすれ

2869 今は()は死なむよ我妹(わぎも)逢はずして思ひ渡れば安けくもなし

2870 我が背子が来むと語りし夜は過ぎぬしゑや更々しこり来めやも

2871 人言の(よこ)すを聞きて玉ほこの道にも逢はず絶えにし我妹*

2872 逢はなくも憂しと思へばいや益しに人言繁く聞こえ来るかも

2873 里人も語り継ぐがねよしゑやし恋ひても死なむ誰が名ならめや

2874 確かなる使を無みと心をそ使に遣りし夢に見えきや

2875 天地に少し至らぬ大夫(ますらを)と思ひし(あれ)雄心(をごころ)も無き

2876 里近く家や居るべきこの()が目の人目をしつつ恋の繁けく

2877 何時はしも*恋ひずありとはあらねどもうたてこの頃恋の繁きも

2878 ぬば玉のい寝てし宵の物()ひに割れにし胸はやむ時もなし

2879 み空行く名の惜しけくも(あれ)はなし逢はぬ日まねく年の経ぬれば

2880 うつつにも今も見てしか夢のみに手本(たもと)まき()と見れば苦しも

2881 立ちて居てすべのたどきも今は無し妹に逢はずて月の経ぬれば

2882 逢はずして恋ひ渡るとも忘れめやいや日に()には思ひ増すとも

2883 よそ目にも君が姿を見てばこそ命に向ふ()が恋やまめ*

2884 恋ひつつも今日はあらめど玉くしげ明けむ明日の日いかで暮らさむ

2885 さ夜更けて妹を思ひ出敷妙の枕もそよに嘆きつるかも

2886 人言はまこと言痛(こちた)くなりぬともそこに(さは)らむ(あれ)ならなくに

2887 立ちて居てたどきも知らず()が心天つ空なり地は踏めども

2888 世の中の人の言葉と思ほすなまことそ恋ひし逢はぬ日を多み

2889 いで如何に()がここだ恋ふる我妹子(わぎもこ)が逢はじと言へることもあらなくに

2890 ぬば玉の夜を長みかも我が背子が夢に夢にし見えかへるらむ

2891 あら玉の年の緒長くかく恋ひばまこと我が命(また)からめやも

2892 思ひ遣るすべのたどきも(あれ)はなし逢はぬ日まねく*月の経ぬれば

2893 (あした)ゆきて夕へは来ます君ゆゑに忌々(ゆゆ)しくも()は嘆きつるかも

2894 聞きしより物を思へば()が胸は()れて砕けて利心(とこころ)もなし

2895 人言を繁み言痛み我妹子に()にし月よりいまだ逢はぬかも

2896 うたがたも言ひつつもあるか(あれ)しあれば土には落ちじ空に()ぬとも

2897 いかにあらむ日の時にかも我妹子が裳引(もびき)の姿朝に()に見む

2898 独り居て恋ふれば苦し玉たすき懸けず忘れむ事(はか)りもが

2899 なかなかに(もだ)もあらましをあぢきなく相見そめても(あれ)は恋ふるか

2900 我妹子が笑まひ眉引(まよびき)面影にかかりてもとな思ほゆるかも

2901 あかねさす日の暮れぬればすべを無み千たび嘆きて恋ひつつそ居る

2902 我が恋は夜昼わかず百重なす心し()へばいたもすべ無し

2903 いとのきて薄き眉根をいたづらに掻かしめにつつ逢はぬ人かも

2904 恋ひ恋ひて後も逢はむと慰むる心し無くば生きてあらめやも

2905 いくばくも生けらじ命を恋ひつつそ(あれ)は息づく人に知らえず

2906 他国(ひとくに)(よば)ひに行きて大刀(たち)が緒もいまだ解かねばさ夜そ明けにける

2907 大夫(ますらを)の聡き心も今は無し恋の(やつこ)(あれ)は死ぬべし

2908 常かくし恋ふれば苦ししましくも心休めむ事計りせよ

2909 おほろかに(あれ)し思はば人妻にありちふ妹に恋ひつつあらめや

2910 心には千重に百重に思へれど人目を多み妹に逢はぬかも

2911 人目多み目こそ(しぬ)ふれ少なくも心のうちに()()はなくに

2912 人の見て言とがめせぬ夢に(あれ)今宵至らむ屋戸(やと)()すなゆめ

2913 いつまでに生かむ命そ大方は恋ひつつあらずは死なむまされり

2914 (うつく)しと()()ふ妹を*夢に見て起きて探るに無きが(さぶ)しさ

2915 妹と言ふは無礼(なめ)し畏ししかすがに懸けまく欲しき言にあるかも

2916 玉かつま逢はむと言ふは(たれ)なるか逢へる時さへ面隠しする

2917 うつつにか妹が来ませる夢にかも(あれ)か惑へる恋の繁きに

2918 おほかたは何かも恋ひむ言挙げせず妹に寄り寝む年は近きを

2919 二人して結びし紐を一人して(あれ)は解きみじ直に逢ふまでは

2920 死なむ命ここは思はず唯にしも妹に逢はなくことをしそ()

2921 紐の緒の*(おや)じ心にしましくも止む時もなく見なむとそ()

2922 夕さらば君に逢はむと思へこそ日の暮るらくも嬉しかりけれ

2923 (ただ)今日も君には逢はめど人言を繁み逢はずて恋ひ渡るかも

2924 世の中に恋繁けむと思はねば君が手本をまかぬ夜もありき

2925 緑児(みどりこ)のためこそ乳母(おも)は求むと言へ()飲めや君が乳母求むらむ

2926 悔しくも老いにけるかも我が背子が求むる乳母に行かましものを

2927 うらぶれて()れにし袖をまた巻かば過ぎにし恋や乱れ来むかも

2928 おのがじし人死なすらし妹に恋ひ日に()に痩せぬ人に知らえず

2929 宵々に()が立ち待つにけだしくも君来まさずば苦しかるべし

2930 生ける世に恋ちふものを相見ねば恋ふるうちにも(あれ)そ苦しき

2931 思ひつつをれば苦しもぬば玉の夜になりなば(あれ)こそ行かめ

2932 心には燃えて思へどうつせみの人目を繁み妹に逢はぬかも

2933 相思はず君はまさめど片恋に(あれ)はそ恋ふる君が姿を

2934 うまさはふ目には飽けどもたづさはり言問はなくも苦しかりけり

2935 あら玉の年の緒長くいつまでか()が恋ひ居らむ命知らずて

2936 今は()は死なむよ我が背恋すれば一夜一日も安けくもなし

2937 白妙の(そて)折り返し恋ふればか妹が姿の夢にし見ゆる

2938 人言を繁み言痛(こちた)み我が背子を目には見れども逢ふよしもなし

2939 恋と言へば薄きことなり然れども(あれ)は忘れじ恋ひは死ぬとも

2940 なかなかに死なば安けむ出づる日の入る(わき)知らぬ(あれ)し苦しも

2941 思ひ遣るたどきも(あれ)は今はなし妹に逢はずて年の経ぬれば

2942 我が背子に恋ふとにしあらし(わか)き子の夜泣きをしつつい寝かてなくは

2943 我が命を長く欲しけく偽りをよくする人を捕ふばかりを

2945 玉づさの君が使を待ちし夜のなごりそ今もい寝ぬ夜の多き

2946 玉ほこの道に行き逢ひて外目(よそめ)にも見れば良き子をいつとか待たむ

2947 思ふにし余りにしかばすべを無み(あれ)は言ひてき忌むべきものを
   思ふにし余りにしかば門に出でて()()い伏すを人見けむかも*

2948 明日の日はその門行かむ出でて見よ恋ひたる姿あまた(しる)けむ

2949 うたて()に心いふせし事計りよくせ我が背子逢へる時だに

2950 我妹子が夜戸出(よとで)の姿見てしより心空なり土は踏めども

2951 海石榴市(つばいち)八十(やそ)(ちまた)に立ち(なら)し結びし紐を解かまく惜しも

2952 我が(よはひ)の衰へぬれば白妙の袖の狎れにし君をしそ()

2953 君に恋ひ()が泣く涙白妙の袖さへ濡れぬせむすべもなし

2954 今よりは逢はじとすれや白妙の()が衣手の()る時もなき

2955 夢かと心惑ひぬ月まねく()れにし君が言の通ふは

2956 あら玉の年月かねてぬば玉の夢にそ見ゆる君が姿は

2957 今よりは恋ふとも妹に逢はめやも床の()去らず夢に見えこそ

2958 人の見て言咎めせぬ夢にだに止まず見えこそ()が恋やまむ

2959 うつつには言絶えにけり夢にだに継ぎて見えこそ直に逢ふまでに

2960 うつせみの現心(うつしこころ)(あれ)はなし妹を相見ずて年の経ぬれば

2961 うつせみの常の言葉と思へども継ぎてし聞けば心惑ひぬ

2962 白妙の袖()れて()るぬば玉の今宵は早も明けば明けなむ

2963 白妙の手本ゆたけく人の()味寐(うまい)は寝ずや恋ひ渡りなむ


物に寄せて思ひを()ぶ〔百五十首。十三首、人麿集。百三十七首、人麿集外。

2851 人見れば表衣(うへ)を結びて人見ねば下紐開けて恋ふる日ぞ多き

2852 人言の繁けき時に我妹子し衣にありせば下に着ましを

2853 真玉つく遠近(をちこち)兼ねて*思へれば一重の衣一人着て寝ぬ

2854 白妙の我が紐の緒の絶えぬ間に恋結びせむ逢はむ日までに

2855 新墾(にひばり)の今作る道さやかにも聞きにけるかも妹が上のことを

2856 山背(やましろ)石田(いはた)の杜に心(おそ)手向(たむけ)したれや妹に逢ひがたき

2857 菅の根のねもころごろに照る日にも()めや()が袖妹に逢はずして

2858 妹に恋ひい寝ぬ朝明(あさけ)に吹く風し妹にし()らば()(むた)に触れ

2859 飛鳥川高川()かし越ゑ来しをまこと今宵を明けずやらめや

2860 八釣川(やつりがは)水底(みなそこ)絶えず行く水の継ぎてそ恋ふるこの年ごろを

2861 磯の()に生ふる小松の名を惜しみ人に知らえず恋ひ渡るかも

或ル本ノ歌ニ曰ク、

    岩の()に立てる小松の名を惜しみ人には言はず恋ひ渡るかも

2862 山川(やまがは)水隠(みこもり)に生ふる山菅の止まずも妹が思ほゆるかも

2863 浅葉野(あさはぬ)に立ち神さぶる菅の根のねもころ誰ゆゑ()が恋ひなくに

右ノ十三首ハ、柿本朝臣人麿ノ歌集ニ出ヅ。

2964 かくのみにありける君を衣ならば下にも着むと()()へりける

2965 (つるはみ)(あはせ)の衣の裏しあらば*(あれ)強ひめやも君が来まさぬ

2966 紅の薄染衣(あらそめころも)浅らかに相見し人に恋ふる頃かも

2967 年の経ば見つつ(しぬ)へと妹が言ひし衣の縫目見れば悲しも

2968 橡の一重衣の裏もなくあるらむ子ゆゑ恋ひ渡るかも

2969 解き衣の思ひ乱れて恋ふれども何のゆゑそと問ふ人もなし

2970 桃染めの浅らの衣浅らかに思ひて妹に逢はむものかも

2971 大王(おほきみ)の塩焼く海人の藤衣馴るとはすれどいやめづらしも

2972 赤絹の純裏(ひつら)の衣長く欲り()()ふ君が見えぬ頃かも

2973 真玉つく彼方此方(をちこち)兼ねて結びつる()が下紐の解くる日あらめや

2974 紫の帯の結びも解きもみずもとなや妹に恋ひ渡りなむ

2975 高麗錦(こまにしき)紐の結びも解き()けず(いは)ひて待てど験なきかも

2976 紫の()が下紐の色に出でず恋ひかも痩せむ逢ふよしを無み

2977 何ゆゑか思はずあらむ紐の緒の心に入りて恋しきものを

2978 真澄鏡(まそかがみ)見ませ我が背子()が形見持たらむ君に*逢はざらめやも

2979 真澄鏡直目(ただめ)に君を見てばこそ命に向ふ()が恋やまめ

2980 真澄鏡見飽かぬ妹に逢はずして月の経ぬれば生けるともなし

2981 祝部(はふり)らが斎ふ三諸(みもろ)の真澄鏡懸けて偲ひつ逢ふ人ごとに

2982 針はあれど妹がなければ付けめやと(あれ)を悩まし絶ゆる紐が緒

2983 高麗剣我が心ゆゑ(よそ)のみに見つつや君を恋ひ渡りなむ

2984 剣大刀名の惜しけくも(あれ)はなしこの頃の間の恋の繁きに

2985 梓弓末はし知らず然れどもまさかは君に寄りにしものを

一本ノ歌ニ曰ク、

    梓弓末のたづきは知らねども心は君に寄りにしものを

2986 梓弓引きみ(ゆる)べみ思ひみてすでに心は寄りにしものを

2987 梓弓引きて緩さぬ大夫(ますらを)や恋ちふものを(しぬ)ひかねてむ

2988 梓弓末の中ごろ淀めりし君には逢ひぬ嘆きはやまむ

2989 今更に何しか()はむ梓弓引きみ緩べみ寄りにしものを

2990 娘子(をとめ)らが績麻(うみを)のたたり打麻(うちそ)懸け倦む時なしに恋ひ渡るかも

2991 たらちねの母が飼ふ()繭隠(まよごも)りいふせくもあるか妹に逢はずて

2992 玉たすき懸けねば苦し懸けたれば継ぎて見まくの欲しき君かも

2993 紫のまだらの(かづら)花やかに今日見る人に後恋ひむかも

2994 玉かづら懸けぬ時なく恋ふれども如何でか妹に逢ふ時もなき

2995 逢ふよしの出で来むまでは畳薦(たたみこも)重ね編む数夢にし見てむ

2996 白香(しらか)つく木綿(ゆふ)は花もの言こそは何時のまさかも常忘らえね

2997 石上(いそのかみ)布留(ふる)の高橋高々に妹が待つらむ夜そ更けにける

2998 湊入りの葦別小舟(あしわけをぶね)障り多み今来む(あれ)を淀むと()ふな

或ル本ノ歌ニ曰ク、

    湊入りに葦別小舟障り多み君に逢はずて年そ経にける

2999 水を多み高田(あげ)に種蒔き(ひえ)を多み選らえし(わざ)()が独り()

3000 (たま)し合へば相寝しものを小山田の鹿猪田(ししだ)()るごと母し守らすも

3001 春日野に照れる夕日の外のみに君を相見て今そ悔しき

3002 あしひきの山より出づる月待つと人には言ひて妹待つ(あれ)

3003 夕月夜(ゆふづくよ)(あかとき)闇のおほほしく見し人ゆゑに恋ひ渡るかも

3004 久かたの天つみ空に照れる日の*失せなむ日こそ()が恋止まめ

3005 十五日(もち)の夜に*出でにし月の高々に君をいませて何をか思はむ

3006 月夜よみ門に出で立ち足占(あうら)して行く時さへや妹に逢はざらむ

3007 ぬば玉の夜渡る月のさやけくはよく見てましを君が姿を

3008 あしひきの山を木高(こたか)み夕月をいつかと君を待つが苦しさ

3009 橡の衣解き洗ひ真土山本つ人には猶しかずけり

3010 佐保川の川波立たず静けくも君にたぐひて明日さへもがも

3011 我妹子に衣春日の宜寸川(よしきがは)よしもあらぬか妹が目を見む

3012 との曇り雨布留(ふる)川のさざれ波間なくも君は思ほゆるかも

3013 我妹子や()を忘らすな石上袖布留川の絶えむと()へや

3014 神山(かみやま)の山下(とよ)み行く水の水脈(みを)の絶えずは後も()が妻

3015 神のごと聞こゆる(たぎ)の白波の面知る君が見えぬこの頃

3016 山川の滝にまされる恋すとそ人知りにける間なくし思へば

3017 あしひきの山川水の音に出でず人の子ゆゑに恋ひ渡るかも

3018 巨勢(こせ)なる能登瀬の川の後に逢はむ妹には(あれ)は今ならずとも

3019 洗ひ衣取替川(とりかひがは)の川淀の淀まむ心思ひかねつも

3020 斑鳩(いかるが)因可(よるか)の池のよろしくも君が言はねば思ひそ()がする

3021 隠沼(こもりぬ)の下よは恋ひむいちしろく人の知るべく嘆きせめやも

3022 行方なみ(こも)れる小沼(をぬ)の下()ひに(あれ)そ物()ふこの頃のあひだ

3023 隠沼の下よ恋ひ余り白波のいちしろく出でぬ人の知るべく

3024 妹が目を見まく堀江のさざれ波しきて恋ひつつありと告げこそ

3025 (いは)走る垂水の水のはしきやし君に恋ふらく()が心から

3026 君は来ず(あれ)は故なみ立つ波のしばしば侘びしかくて来じとや

3027 淡海(あふみ)()(へた)は人知る沖つ波君をおきては知る人もなし

3028 大海の底を深めて結びてし妹が心は疑ひもなし

3029 佐太(さだ)の浦に寄する白波間なく思ふを如何で妹に逢ひがたき

3030 思ひ出でてすべなき時は天雲の奥処(おくか)も知らに恋ひつつそ居る

3031 天雲のたゆたひやすき心あらば(あれ)をな頼め待てば苦しも

3032 君があたり見つつも居らむ生駒山雲なたなびき雨は降るとも

3033 なかなかに如何で知りけむ春山に*燃ゆる(けぶり)のよそに見ましを

3034 我妹子に恋ひすべなかり胸を熱み朝戸開くれば見ゆる霧かも

3035 暁の朝霧(ごも)帰りしに*如何でか恋の色に出でにける

3036 思ひ出づる時はすべなみ佐保山に立つ雨霧の()ぬべく思ほゆ

3037 殺目山(きりめやま)行き交ふ道の朝霞ほのかにだにや妹に逢はざらむ

3038 かく恋ひむものと知りせば夕へ置きて(あした)は消ぬる露ならましを

3039 夕へ置きて(あした)は消ぬる白露の消ぬべき恋も(あれ)はするかも

3040 後つひに妹に逢はむと朝露の命は生けり恋は繁けど

3041 朝な()な草の上白く置く露の消なば共にと言ひし君はも

3042 朝日さす春日の小野に置く露の消ぬべき()が身惜しけくもなし

3043 露霜の消やすき我が身老いぬともまた変若(をち)かへり君をし待たむ

3044 君待つと庭にし居れば*打ち靡く我が黒髪に霜そ置きにける

3045 朝霜の消ぬべくのみや時なしに思ひ渡らむ息の緒にして

3046 ささ波の波越す(あぜ)に降る小雨間も置きて()()はなくに

3047 神さびて(いはほ)に生ふる松が根の君が心は忘れかねつも

3048 み狩りする猟路(かりぢ)の小野の*櫟柴(ならしば)の馴れはまさらず恋こそまされ

3049 桜麻(さくらあさ)麻生(をふ)の下草早生ひば妹が下紐解けざらましを

3050 春日野に浅茅(あさち)標結(しめゆ)ひ絶えめやと()()ふ人はいや遠長に

3051 あしひきの山菅の根のねもころに(あれ)はそ恋ふる君が姿を

或ル本ノ歌ニ曰ク、()()ふ人を見むよしもがも。

3052 かきつはた佐紀沢(さきさは)に生ふる菅の根の絶ゆとや君が見えぬこの頃

3053 あしひきの山菅の根のねもころに止まずし()はば妹に逢はむかも

3054 相思はずあるものをかも菅の根のねもころころに()()へるらむ

3055 山菅のやまずて君を思へかも我が心神(こころと)のこの頃は無き

3056 妹が門行き過ぎかねて草結ぶ風吹き解くなまた還り見む

一ニ云ク、直に逢ふまでに。

3057 浅茅原茅生(ちふ)に足踏み心ぐみ()()ふ子らが家のあたり見つ

一ニ云ク、妹が家のあたり見つ。

3058 うち日さす宮にはあれど月草の現心(うつしこころ)()()はなくに

3059 (もも)()に人は言へども月草のうつろふ心(あれ)持ためやも

3060 忘れ草我が紐に付く時となく思ひ渡れば生けるともなし

3061 (あかとき)の目覚まし草とこれをだに見つついまして(あれ)と偲はせ

3062 忘れ草垣もしみみに植ゑたれど(しこ)の醜草なほ恋ひにけり

3063 浅茅原小野に標結ひ空言(むなこと)も逢はむと聞こせ恋のなぐさに

或ル本ノ歌ニ曰ク、来むと知志*君をし待たむ。
又見柿本朝臣人麿歌集、然落句小異耳。

3064 人皆の笠に縫ふちふ有間菅ありて後にも逢はむとそ()

3065 み吉野の秋津の小野に刈る(かや)の思ひ乱れて()る夜しそ多き

3066 妹が()*三笠の山の山菅の止まずや恋ひむ命死なずば

3067 谷(せば)峯辺(みねへ)()へる玉かづら延へてしあらば年に来ずとも

一ニ云ク、石蔦(いはつな)の延へてしあらば。

3068 水茎の岡の葛葉(くずば)を吹き返し面知る子らが見えぬ頃かも

3069 赤駒のい行きはばかる真葛原何の伝言(つてごと)直にし()けむ

3070 木綿畳(ゆふたたみ)田上山(たなかみやま)のさな葛ありさりてしも今ならずとも

3071 丹波道(たにはぢ)の大江の山の真玉葛(またまづら)*絶えむの心()()はなくに

3072 大崎の荒磯の(わたり)延ふ(くず)の行方もなくや恋ひ渡りなむ

3073 木綿畳*田上山の*さな葛後も必ず逢はむとそ()

或ル本ノ歌ニ曰ク、絶エムト妹ヲ()ガ思ハナクニ。

3074 はねず色のうつろひやすき心あれば年をそ来()る言は絶えずて

3075 かくしてそ人の死ぬちふ藤波のただ一目のみ見し人ゆゑに

3076 住吉(すみのえ)敷津(しきつ)の浦の名告藻(なのりそ)の名は告りてしを逢はなくも怪し

3077 みさご居る荒磯(ありそ)に生ふる名告藻(なのりそ)よし名は告らせ*親は知るとも

3078 波の(むた)靡く玉藻の片()ひに()()ふ人の言の繁けく

3079 わたつみの沖つ玉藻の靡き寝む早来ませ君待てば苦しも

3080 わたつみの沖に生ひたる縄海苔の名はかつて告らじ恋ひは死ぬとも

3081 玉の緒を片緒に()りて緒を弱み乱るる時に恋ひざらめやも

3082 君に逢はず久しくなりぬ玉の緒の長き命の惜しけくもなし

3083 恋ふることまされる今は玉の緒の絶えて乱れて死ぬべく思ほゆ

3084 海人娘子(かづ)き採るちふ忘れ貝世にも忘れじ妹が姿は

3085 朝影に我が身はなりぬ玉かぎるほのかに見えて去にし子ゆゑに

3086 なかなかに人とあらずは桑子(くわこ)にも成らましものを玉の緒ばかり

3087 真菅(ますが)よし宗我(そが)の川原に鳴く千鳥間なし我が背子()が恋ふらくは

3088 韓衣(からころも)*着奈良の山に鳴く鳥の間なく時なし()が恋ふらくは

3089 遠つ人猟道(かりぢ)の池に住む鳥の立ちても居ても君をしそ()

3090 葦辺ゆく鴨の羽音の音のみを聞きつつもとな恋ひ渡るかも

3091 鴨すらもおのが妻どちあさりして後るる(ほと)に恋ふちふものを

3092 白真弓斐太(ひだ)の細江の菅鳥(すがとり)の妹に恋ふれや()を寝かねつる

3093 小竹(しぬ)()に来居て鳴く鳥目を安み人妻ゆゑに(あれ)恋ひにけり

3094 物()ふとい寝ず起きたる朝明(あさけ)には侘びて鳴くなり(にはつとり)さへ

3095 朝烏早くな鳴きそ我が背子が朝明の姿見れば悲しも

3096 馬柵(うませ)越しに麦食む駒の()らゆれど猶し恋ふらく(しぬ)ひかねつも

3097 さ桧隈(ひのくま)桧隈川に馬とどめ馬に水飼へ(あれ)よそに見む

3098 おのれゆゑ罵らえて居れば葦毛馬の面高(おもたか)(ぶた)に乗りて来べしや

右ノ一首ハ、平群文屋朝臣益人伝ヘテ云ク、昔聞ク紀皇女竊カニ高安王ニ()ヒテ責メラレシ時、此ノ歌ヲ御作レリト。但高安王ハ左降シテ、伊与ノ国守ニ()ケラル。

3099 紫草(むらさき)を草と()く別く伏す鹿の野は異にして心は(おや)

3100 思はぬを思ふと言はば真鳥住む雲梯(うなて)の杜の神し知らさむ


問答(とひこたへ)の歌〔二十六首。人麿集外。

3101 紫は灰さすものそ海石榴市(つばいち)の八十の衢に逢ひし子や(たれ)

3102 たらちねの母が呼ぶ名を申さめど道行く人を誰と知りてか

二首(ふたうた)

3103 逢はなくはしかもありなむ玉づさの使をだにも待ちやかねてむ

3104 逢はむとは千たび思へどあり通ふ人目を多み恋つつそ居る

右二首。

3105 人目多み(ただ)に逢はずてけだしくも()が恋ひ死なば誰が名ならむも

3106 相見まく欲しけくあれば君よりも(あれ)そまさりていふかしみする

右二首。

3107 うつせみの人目を繁み逢はずして年の経ぬれば生けるともなし

3108 うつせみの人目繁くはぬば玉の夜の夢にを継ぎて見えこそ

右二首。

3109 ねもころに()()ふ妹を*人言の繁きによりて淀む頃かも

3110 人言の繁くしあらば君も(あれ)も絶えむと言ひて逢ひしものかも

右二首。

3111 すべもなき片恋をすとこの頃に()が死ぬべきは夢に見えきや

3112 夢に見て衣を取り着(よそ)ふ間に妹が使そ先立ちにける

右二首。

3113 ありありて後も逢はむと言のみを堅く言ひつつ逢ふとはなしに

3114 極めて*(あれ)も逢はむと思へども人の言こそ繁き君なれ

右二首。

3115 息の緒に()が息づきし妹すらを人妻なりと聞けば悲しも

3116 我がゆゑにいたくな侘びそ後つひに逢はじと言ひしこともあらなくに

右二首。

3117 門立てて戸も()したるをいづくよか妹が入り来て夢に見えつる

3118 門立てて戸は閉したれど盗人(ぬすひと)穿()れる穴より入りて見えしを*

右二首。

3119 明日よりは恋ひつつあらむ今宵だに早く初(よひ)より紐解け我妹

3120 今更に寝めや我が背子新夜(あらたよ)の一夜もおちず夢に見えこそ

右二首。

3121 我が背子が使を待つと笠も着ず出でつつそ見し雨の降らくに

3122 心なき雨にもあるか人目()(とも)しき妹に今日だに逢はむを

右二首。

3123 ただ独り()れど()かねて白妙の袖を笠に着濡れつつそ来し

3124 雨も降り夜も更けにけり今更に君()なめやも紐解き()けな

右二首。

3125 久かたの雨の降る日を我が門に蓑笠(にのかさ)*着ずて()る人や誰

3126 纏向(まきむく)痛足(あなし)の山に雲居つつ雨は降れども濡れつつそ()

右二首。


羇旅(たび)に思ひを()ぶ〔九十首。四首、人麻呂集。三十四首、悲別歌、人麻呂集外。四十九首、人麻呂集外。十首、問答歌、人麻呂集外。

3127 度会(わたらひ)の大川の()の若久木我が久ならば妹恋ひむかも

3128 我妹子を夢に見え()と大和道の渡り瀬ごとに手向そ()がする

3129 桜花咲きかも散ると見るまでに誰かもここに見えて散りゆく

3130 豊国の企玖(きく)の浜松心いたく*何しか妹に相言ひそめけむ

右ノ四首ハ、柿本朝臣人麿集ニ出ヅ。

3131 月変へて君をば見むと思へかも日も変へずして恋の繁けむ

3132 な行きそと帰りも()やと顧みに行けどゆかれず道の長手を

3133 旅にして妹を思ひ出いちしろく人の知るべく嘆きせむかも

3134 里(ざか)り遠からなくに草枕旅とし()へばなほ恋ひにけり

3135 近くあれば名のみも聞きて慰めつ今宵よ恋のいやまさりなむ

3136 旅にありて恋ふれば苦しいつしかも都に行きて君が目を見む

3137 遠くあれば姿は見えず常のごと妹が笑まひは面影にして

3138 年も経ず帰り()なめど*朝影に待つらむ妹が面影に見ゆ

3139 玉ほこの道に出で立ち別れ来し日より思ふに忘る時なし

3140 はしきやし然る恋にもありしかも君に後れて恋しく思へば

3141 草枕旅の悲しくあるなべに妹を相見て後恋ひむかも

3142 国遠み直には逢はず夢にだに(あれ)に見えこそ逢はむ日までに

3143 かく恋ひむものと知りせば我妹子(わぎもこ)に言問はましを今し悔しも

3144 旅の夜の久しくなればさ丹頬(にづら)ふ紐開け()けず恋ふるこの頃

3145 我妹子し()(しぬ)ふらし草枕旅の丸寝(まろね)に下紐解けつ

3146 草枕旅の衣の紐解けつ思ほせるかもこの年頃は

3147 草枕旅の紐解く家の()()を待ちかねて嘆かすらしも

3148 玉くしろ()き寝し妹を月も経ず置きてや越えむこの山の崎

3149 梓弓末は知らねど(うつく)しみ君にたぐひて山道(やまち)越え来ぬ

3150 霞立つ長き春日を*奥処(おくか)なく知らぬ山道を恋ひつつか来む

3151 よそのみに君を相見て木綿畳手向の山を明日か越え去なむ

3152 玉かつま安倍島山の夕露に旅寝得せめや長きこの夜を

3153 み雪降る越の大山行き過ぎていづれの日にか我が里を見む

3154 いで()が駒早く行きこそ真土山待つらむ妹を行きて早見む

3155 悪木山(あしきやま)木末(こぬれ)ことごと明日よりは靡きたりこそ妹があたり見む

3156 鈴鹿川八十瀬(やそせ)渡りて誰がゆゑか夜越えに越えむ妻もあらなくに

3157 我妹子にまたも近江(あふみ)の安の川安寝(やすい)も寝ずに恋ひ渡るかも

3158 旅にありてものをそ思ふ白波の辺にも沖にも寄るとはなしに

3159 湖廻(みなとみ)に満ち来る潮のいや益しに恋はまされど忘らえぬかも

3160 沖つ波辺波(へなみ)の来寄る佐太(さだ)の浦のこのさだ過ぎて後恋ひむかも

3161 在千潟(ありちがた)あり慰めて行かめども家なる妹いいふかしみせむ

3162 みをつくし心尽して思へかも此処にももとな夢にし見ゆる

3163 我妹子に()るとはなしに荒磯廻(ありそみ)に我が衣手は濡れにけるかも

3164 室の浦の瀬戸の崎なる鳴島(なるしま)の磯越す波に濡れにけるかも

3165 霍公鳥(ほととぎす)飛幡(とばた)の浦にしく波のしばしば君を見むよしもがも

3166 我妹子を(よそ)のみや見む越の海の子難(こかた)の海の島ならなくに

3167 波の間よ雲居に見ゆる粟島の逢はぬものゆゑ()に寄する子ら

3168 衣手の真若の浦の真砂地(まなごつち)間なく時なし()が恋ふらくは

3169 能登の海に釣する海人の漁火(いざりひ)の光りにいませ月待ちがてり

3170 志賀(しか)の海人の釣に燭せる漁火のほのかに妹を見むよしもがも

3171 難波潟榜ぎ出し船のはろばろに別れ来ぬれど忘れかねつも

3172 浦廻榜ぐ熊野舟()てめづらしく懸けて思はぬ月も日もなし

3173 松浦舟(まつらぶね)(みだ)る堀江の水脈(みを)早み楫取る間なく思ほゆるかも

3174 (いざ)りする海人の楫の()ゆくらかに妹が心に乗りにけるかも

3175 和歌の浦に袖さへ濡れて忘れ貝(ひり)へど妹は忘らえなくに

或ル本ノ末ノ句云ク、忘れかねつも。

3176 草枕旅にし居れば刈薦(かりこも)の乱れて妹に恋ひぬ日はなし

3177 志賀の海人の磯に刈り干す名告藻(なのりそ)の名は告りてしを如何で逢ひがたき

3178 国遠み思ひな侘びそ風の(むた)雲の行くなす言は通はむ

3179 留まりにし人を思ふに秋津野に居る白雲の止む時もなし


別れの悲しみの歌

3180 裏もなく()にし君ゆゑ朝な()なもとなそ恋ふる逢ふとは無しに

3181 白妙の君が下紐(あれ)さへに今日結びてな逢はむ日のため

3182 白妙の袖の別れは惜しけども思ひ乱れて(ゆる)しつるかも

3183 京辺(みやこへ)に君は去にしを誰解けか我が紐の緒の結ふ手たゆきも

3184 草枕旅ゆく君を人目多み袖振らずしてあまた悔しも

3185 真澄鏡手に取り持ちて見れど飽かぬ君に後れて生けるともなし

3186 曇り夜のたどきも知らず山越えています君をばいつとか待たむ

3187 たたなづく青垣山の(へな)りなばしばしば君を言問はじかも

3188 朝霞たなびく山を越えてゆかば(あれ)は恋ひむな逢はむ日までに

3189 あしひきの山は百重に隠すとも妹は忘らじ直に逢ふまでに

一ニ云ク、隠せども君を(しぬ)はく止む時もなし。

3190 雲居なる海山越えていましなば(あれ)は恋ひむな後は逢ひぬとも

3191 よしゑやし恋ひじとすれど木綿間山(ゆふまやま)越えにし君が思ほゆらくに

3192 草蔭の荒藺(あらゐ)の崎の笠島を見つつか君が山道(やまぢ)越ゆらむ

一ニ云ク、み坂越ゆらむ。

3193 玉かつま島熊山の夕暮に独りか君が山道越ゆらむ

一ニ云ク、夕霧に長恋しつつい寝かてぬかも。

3194 息の緒に()()ふ君は(とり)が鳴く(あづま)の坂を今日か越ゆらむ

3195 磐城山(いはきやま)ただ越え来ませ磯崎のこぬみの浜に(あれ)立ち待たむ

3196 春日野の浅茅が原に後れ居て時そともなし()が恋ふらくは

3197 住吉(すみのえ)の岸に向かへる淡路島あはれと君を言はぬ日はなし

3198 明日よりは印南(いなみ)の川の出でて去なば留まれる(あれ)は恋ひつつやあらむ

3199 (わた)の底沖は(かしこ)磯廻(いそみ)より榜ぎ()みいませ月は経ぬとも

3200 飼飯(けひ)の浦に寄する白波しくしくに妹が姿は思ほゆるかも

3201 時つ風吹飯(ふけひ)の浜に出で居つつ(あが)ふ命は妹が為こそ

3202 熟田津(にきたづ)舟乗(ふなのり)せむと聞きしなべ何そも君が見え来ざるらむ

3203 みさご居る洲に居る舟の榜ぎ出なばうら恋ほしけむ後は逢ひぬとも

3204 玉かづら絶えずいまさね*山菅の思ひ乱れて恋ひつつ待たむ

3205 後れ居て恋ひつつあらずば田子(たこ)の浦の海人ならましを玉藻刈る刈る

3206 筑紫道(つくしぢ)の荒磯の玉藻刈ればかも君は久しく待つに来まさず

3207 あら玉の年の緒長く照る月の飽かぬ君にや明日別れなむ

3208 久にあらむ君を思ふに久かたの清き月夜も闇夜(やみ)のみに見ゆ

3209 春日なる三笠の山に居る雲を出で見るごとに君をしそ()

3210 あしひきの片山(きぎし)立ち行かむ君に後れて(うつ)しけめやも


問答(とひこたへ)の歌

3211 玉の緒の現心(うつしこころ)八十楫(やそか)懸け榜ぎ出む船に後れて居らむ

3212 八十楫懸け島隠りなば我妹子が(とど)むと振らむ袖見えじかも

右二首。

3213 十月(かみなつき)しぐれの雨に濡れつつや君が行くらむ宿か借るらむ

3214 十月雨間(あまま)も置かず降りにせば誰が里の間に宿か借らまし

右二首。

3215 白妙の袖の別れを(かた)みして荒津の浜に宿りするかも

3216 草枕旅ゆく君を荒津まで送り来ぬれど飽き足らずこそ

右二首。

3217 荒津の海()(ぬさ)まつり(いは)ひてむ早帰りませ面変りせず

3218 朝な朝な筑紫の方を出で見つつ()のみそ()が泣くいたもすべなみ

右二首。

3219 豊国の企玖(きく)の長浜行き暮らし日の暮れぬれば妹をしそ()

3220 豊国の企玖の高浜高々に君待つ夜らはさ夜更けにけり

右二首。
          巻第十二  了

TOP

引用文献


○ManyoshuBest100
○万葉集[YouTube]
○萬葉集朗詠ライブ
○万葉集(動画 YouTube) NipponArchives
○歴史ヒストリア

○100分de名著 万葉集 其の1
○100分de名著 万葉集 其の2
万葉集読み上げ 巻1 ( 1 -27)
万葉集読み上げ 巻1 (28-49)
万葉集読み上げ 巻1 (50-84)

万葉集TOP
温故知新(戻る)
世界三大古典詩集 ( 「詩經」「万(萬)葉集」「ソネット集 SONNET(Shakespeare)」



Copyright(c) 2014: ぷらっとさんぽ(-Prattosampo-)  江守孝三 (Emori Kozo)