新元号【令和】『REIWA』
典拠は巻第五「万葉集」32の序文(0815~0862)
萬葉集 巻第十七
(とをまりななまきにあたるまき)
(巻二十まで、大伴家持の歌日誌、この巻は越中赴任前後が中心)
鹿持雅澄『萬葉集古義』
天平二年庚午冬十一月、太宰帥大伴の卿の、大納言に任さされ帥を兼ねたまふこと旧の如し、京に上りたまふ時、陪従人ら、海路に別れて京に入へり。是に羇旅を悲傷み、各所心を陳べてよめる歌十首
3890 我が背子を吾が松原よ見渡せば海人娘子ども玉藻刈る見ゆ
右の一首は、三野連石守がよめる。
3891 荒津の海潮干潮満ち時はあれどいづれの時か吾が恋ひざらむ
3892 磯ごとに海人の釣舟泊てにけり我が船泊てむ磯の知らなく
3893 昨日こそ船出はせしか鯨魚取り比治奇の灘を今日見つるかも
3894 淡路島門渡る船の楫間にも吾は忘れず家をしそ思ふ
3895 玉はやす武庫の渡りに天伝ふ日の暮れ行けば家をしそ思ふ
3896 家にてもたゆたふ命波の上に浮きてし居れば奥処知らずも
3897 大海の奥処も知らず行く我をいつ来まさむと問ひし子らはも
3898 大船の上にし居れば天雲のたどきも知らずうたがた我が背
3899 海人娘子漁り焚く火の朧しく角の松原思ほゆるかも
右の九首は、作者不審姓名。
十年七月の七日の夜、独り天漢を仰て懐ひを述ぶる歌一首
3900 織女し船乗りすらし真澄鏡清き月夜に雲立ち渡る
右の一首は、大伴宿禰家持がよめる。
十二年十一月九日、太宰の時の梅の花の歌を追ひて和める新歌六首
3901 御冬過ぎ春は来たれど梅の花君にしあらねば折る人もなし
3902 梅の花み山と繁にありともやかくのみ君は見れど飽かにせむ
3903 春雨に萌えし柳か梅の花ともに後れぬ常の物かも
3904 梅の花いつは折らじと厭はねど咲きの盛りは惜しきものなり
3905 遊ぶ日の楽しき庭に梅柳折り挿頭してば思ひ無みかも
3906 御苑生の百木の梅の散る花の天に飛び上がり雪と降りけむ
右、大伴宿禰家持*がよめる。
十二年の二月、三香原の新都を讃むる歌一首、また短歌
3907 山背の 久迩の都は 春されば 花咲き撓り 秋されば 黄葉にほひ 帯ばせる 泉の川の 上つ瀬に 打橋渡し 淀瀬には 浮橋渡し あり通ひ 仕へまつらむ 万代までに
反し歌
3908 楯並めて泉の川の水脈絶えず仕へまつらむ大宮所
右、右馬頭境部宿禰老麿がよめる。
四月の二日、霍公鳥を詠める歌二首
3909 橘は常花にもが霍公鳥住むと来鳴かば聞かぬ日なけむ
3910 玉に貫く楝を家に植ゑたらば山霍公鳥離れず来むかも
右、大伴宿禰書持が奈良の宅より兄家持に贈る。
四月の三日、和ふる歌三首
橙橘初めて咲き、霍公鳥嚶き飜る。此の時候に対りて、なぞも志を暢べざらむ。因三首の短歌をよみて、欝結しき緒を散るにこそ
3911 足引の山辺に居れば霍公鳥木の間立ち潜き鳴かぬ日はなし
3912 霍公鳥何の心そ橘の玉貫く月し来鳴き響むる
3913 霍公鳥楝の枝にゆきて居ば花は散らむな玉と見るまで
右、内舎人大伴宿禰家持が久迩の京より弟書持に報送ふ。
霍公鳥を思ふ歌一首 田口朝臣馬長がよめる
3914 霍公鳥今し来鳴かば万代に語り継ぐべく思ほゆるかも
右ハ伝ヘテ云ク、一時交遊集宴セリ。此ノ日此処ニ霍公鳥喧カズ。仍チ件ノ歌ヲ作ミテ、思慕ノ意ヲ陳ベリト。但其ノ宴ノ所ト年月ハ、詳審ラカニスルコトヲ得ズ。
山部宿禰赤人が春鴬を詠める歌一首
3915 足引の山谷越えて野づかさに今は鳴くらむ鴬の声
右ハ年月所処、詳審カニスルコトヲ得ズ。但聞キシ時ノ随ニ茲ニ記載ス。
十六年四月の五日、独り平城の故宅に居りてよめる歌六首
3916 橘のにほへる香かも霍公鳥鳴く夜の雨にうつろひぬらむ
3917 霍公鳥夜声なつかし網ささば花は過ぐとも離れずか鳴かむ
3918 橘のにほへる苑に霍公鳥鳴くと人告ぐ網ささましを
3919 青丹よし奈良の都は古りぬれどもと霍公鳥鳴かずあらなくに
3920 鶉鳴き古しと人は思へれど花橘のにほふこの屋戸
3921 かきつはた衣に摺り付け大夫の着装ひ猟する月は来にけり
右、大伴宿禰家持がよめる。
十八年の正月、白雪多く零り地に積むこと数寸。時に左大臣橘の卿、中納言藤原豊成朝臣と諸王諸臣とを率て、太上天皇の御在所中宮西院
に参入りて、供へ奉りて雪を掃ふ。是に詔して大臣参議また諸王をば大殿の上に侍はしめ、諸卿大夫をば南の細殿に侍はしめて、酒賜ひて肆宴す。勅したまはく、汝諸王卿等、此の雪を賦みて、各其の歌を奏せとのりたまへり。
左大臣橘宿禰の詔を応はる歌一首
3922 降る雪の白髪までに大皇に仕へまつれば貴くもあるか
紀朝臣清人が詔を応はる歌一首
3923 天の下すでに覆ひて降る雪の光りを見れば貴くもあるか
紀朝臣男梶が詔を応はる歌一首
3924 山の峡そことも見えず一昨日も昨日も今日も雪の降れれば
葛井連諸會が詔を応はる歌一首
3925 新しき年の初めに豊の年表すとならし雪の降れるは
大伴宿禰家持が詔を応はる歌一首
3926 大宮の内にも外にも光るまで降れる白雪見れど飽かぬかも
藤原豊成朝臣、巨勢奈弖麻呂朝臣、大伴牛養宿禰、藤原仲麻呂朝臣、三原王、智奴王、船王、邑知王、小田王、林王、穂積朝臣老、小田朝臣諸人、小野朝臣綱手、高橋朝臣国足、太朝臣徳太理、高丘連河内、秦忌寸朝元、楢原造東人。右の件の王卿たち、詔を応はりてよめる歌、次の依に奏せりき。登時其の歌の漏失しをば記さず。但秦忌寸朝元は、左大臣橘の卿の謔ぶれて曰はく、歌を賦み堪へずば、麝以ちて贖へとのりたまへり。此に因りて黙止りき。
大伴宿禰家持、天平十八年閏七月*、越中国の守に任けられ、即ち七月に任所に赴く。時に姑大伴坂上郎女が家持に贈れる歌二首
3927 草枕旅ゆく君を幸くあれと斎瓮据ゑつ吾が床の辺に
3928 今のごと恋しく君が思ほえば如何にかも為むするすべの無さ
また越中国に贈る歌二首
3929 旅に去にし君しも継ぎて夢に見ゆ吾が片恋の繁ければかも
3930 道の中国つ御神は旅ゆきもし知らぬ君を恵みたまはな
平群氏女郎が越中守大伴宿禰家持に贈れる歌十二首
3931 君により我が名はすでに龍田山絶えたる恋の繁きころかも
3932 須磨ひとの海辺常去らず焼く塩の辛き恋をも吾はするかも
3933 ありさりて後も逢はむと思へこそ露の命も継ぎつつ渡れ
3934 なかなかに死なば安けむ君が目を見ず久ならばすべなかるべし
3935 隠沼の下ゆ恋ひあまり白波のいちしろく出でぬ人の知るべく
3936 草枕旅にしばしばかくのみや君を遣りつつ吾が恋ひ居らむ
3937 草枕旅去にし君が帰り来む月日を知らむすべの知らなく
3938 かくのみや吾が恋ひ居らむぬば玉の夜の紐だに解き放けずして
3939 里近く君がなりなば恋ひめやともとな思ひし吾そ悔しき
3940 万代と心は解けて我が背子が抓みしを見つつ忍びかねつも
3941 鴬の鳴くくら谷に打ち嵌めて焼けはしぬとも君をし待たむ
3942 松の花花数にしも我が背子が思へらなくにもとな咲きつつ
右ノ件ノ十二首ノ歌ハ、時々ニ便使ニ寄セテ来贈ル。一度ニ送レルニハ在ラズ。
八月の七日の夜、守大伴宿禰家持が館に集ひて宴する歌
3943 秋の田の穂向き見がてり我が背子がふさ手折り来る女郎花かも
右の一首は、守大伴宿禰家持がよめる。
3944 女郎花咲きたる野辺を行き廻り君を思ひ出徘徊り来ぬ
3945 秋の夜は暁寒し白布の妹が衣袖着むよしもがも
3946 霍公鳥鳴きて過ぎにし岡傍から秋風吹きぬよしもあらなくに
右の三首は、掾大伴宿禰池主がよめる。
3947 今朝の朝明秋風寒し遠つ人雁が来鳴かむ時近みかも
3948 天ざかる夷に月経ぬしかれども結ひてし紐を解きも開けなくに
右の二首は、守大伴宿禰家持がよめる。
3949 天ざかる夷にある我をうたがたも紐解き放けず思ほすらめや
右の一首は、掾大伴宿禰池主。
3950 家にして結ひてし紐を解き放けず思ふ心を誰れか知らむも
右の一首は、守大伴宿禰家持がよめる。
3951 晩蝉の鳴きぬる時は女郎花咲きたる野辺を行きつつ見べし
右の一首は、大目秦忌寸八千島。
古歌一首大原高安真人ノ作。年月審ラカナラズ。但聞キシ時ノ随ニ茲ニ記載ス。
3952 妹が家に伊久里の杜の藤の花今来む春も常かくし見む
右の一首、伝へ誦むは僧玄勝なり。
3953 雁がねは使ひに来むと騒くらむ秋風寒みその川の辺に
3954 馬並めていざ打ち行かな澁谿の清き磯廻に寄する波見に
右の二首は、守大伴宿禰家持。
3955 ぬば玉の夜は更けぬらし玉くしげ二上山に月かたぶきぬ
右の一首は、史生土師宿禰道良。
大目秦忌寸八千島が館に宴する歌一首
3956 奈呉の海人の釣する船は今こそは船棚打ちて喘て榜ぎ出め
右、館ノ客屋ハ居ナガラニシテ蒼海ヲ望ム。仍テ主人八千島此歌ヲ作メリ。
長逝れる弟を悲傷む歌一首、また短歌
3957 天ざかる 夷治めにと 大王の 任のまにまに 出でて来し 我を送ると 青丹よし 奈良山過ぎて 泉川 清き河原に 馬駐め 別れし時に 好去くて 吾還り来む 平らけく 斎ひて待てと 語らひて 来し日の極み 玉ほこの 道をた遠み 山川の 隔りてあれば 恋しけく 日長きものを 見まく欲り 思ふ間に 玉づさの 使の来れば 嬉しみと 吾が待ち問ふに 妖言の 狂言とかも 愛しきよし 汝弟の命 何しかも 時しはあらむを はたすすき 穂に出る秋の 萩の花 にほへる屋戸を言フハ、斯ノ人、為性花草花樹ヲ好愛ミテ多ク寝院ノ庭ニ植ヱタリ。故レ花薫フ庭ト謂ヘリ。
朝庭に 出で立ち平し 夕庭に 踏み平らげず 佐保の内の 里を往き過ぎ佐保山ニ火葬セリ。故レ佐保ノウチノサトヲユキスギト謂ヘリ。
足引の 山の木末に 白雲に 立ち棚引くと 吾に告げつる
3958 好去くと言ひてしものを白雲に立ち棚引くと聞けば悲しも
3959 かからむとかねて知りせば越の海の荒磯の波も見せましものを
右、天平十八年秋九月の二十五日、越中守大伴宿禰家持が遥かに弟の喪を聞き感傷みてよめるなり。
相へるを歓ぶ歌二首
3960 庭に降る雪は千重敷くしかのみに思ひて君を吾が待たなくに
3961 白波の寄する磯廻を榜ぐ舟の楫取る間なく思ほえし君
右、天平十八年八月、掾大伴宿禰池主が大帳使に附きて、京師に赴向き、同じ年の十一月、本の任に還到れり。仍宴して弾琴の飲楽せり。時に白雪降りて、地に積むこと尺余なり。復漁夫の船、入海に瀾に浮かぶ。爰に守大伴宿禰家持が二つのものを眺て、聊か所心を裁ぶ。
十九年春二月の二十日、 忽ち病ひに沈み、殆みうせなむとす。仍歌詞をよみて、悲緒を申ぶる一首、また短歌
3962 大王の 任のまにまに 大夫の 心振り起こし 足引の 山坂越えて 天ざかる 夷に下り来
息だにも いまだ休めず 年月も いくらもあらぬに うつせみの 世の人なれば 打ち靡き 床に転い伏し 痛けくし 日に異に増さる たらちねの 母の命の 大船の ゆくらゆくらに 下恋に いつかも来むと 待たすらむ 心寂しく 愛しきよし 妻の命も 明けくれば 門に寄り立ち 衣袖を 折り返しつつ 夕されば 床打ち払ひ ぬば玉の 黒髪敷きて いつしかと 嘆かすらむそ 妹も兄も 若き子どもは をちこちに 騒き泣くらむ 玉ほこの 道をた遠み 間使も 遺るよしも無し 思ほしき 言伝て遣らず 恋ふるにし 心は燃えぬ 玉きはる 命惜しけど 為むすべの たどきを知らに かくしてや 荒夫すらに 嘆き伏せらむ
3963 世間は数なきものか春花の散りの乱ひに死ぬべき思へば
3964 山川の極を遠み愛しきよし妹を相見ずかくや嘆かむ
右、越中国の守の館にて、病に臥し悲傷みて、此の歌をよめり。
二十年*二月の二十九日、守大伴宿禰家持が掾大伴宿禰池主に贈れる悲しみの歌二首
忽に病ひに沈み、累旬痛苦す。百神を祷ひ恃みて、且消損を得れども、由ほ身体疼み羸れ、筋力怯軟くして、未だ謝を展るに堪へず。係恋弥よ深し。方今春の朝春の花、春の苑に流馥ひ、春の暮春の鴬、春の林に囀く。此の節候に対りて、琴樽翫びつべし。乗興の感有りと雖も、策杖の労に耐へず。独り帷幄の裏に臥して、聊か寸分の歌をよみて、軽しく机下に奉り、玉頤を解かむことを犯す。其の詞に曰く、
3965 春の花今は盛りににほふらむ折りて挿頭さむ手力もがも
3966 鴬の鳴き散らすらむ春の花いつしか君と手折り挿頭さむ
天平二十年二月二十九日、大伴宿禰家持。
三月の二日、掾大伴宿禰池主が守大伴宿禰家持に報贈ふる歌二首
忽に芳音を辱す。翰苑雲を凌ぎ、兼て倭詩を垂る。詞林錦を舒べ、吟ひ詠めて能く恋緒をのぞく。春の朝の和気、固より楽しむべく、春の暮の風景、最も怜むべし。紅桃灼々とし、戯蝶花を回りて舞ひ、翠柳依々として、嬌鴬葉に隠りて歌ふ。楽しきかも。淡交席を促して、意を得て言を忘る。楽しきかも、美しきかも。幽襟賞しむに足れり。豈慮りきや、蘭蕙叢を隔て、琴樽用はるること無けむと。空しく令節を過さば、物色人を軽らむ。怨むる所此に有り。然黙止することを能はず。俗語に云く、藤を以て錦に続ぐと云へり。聊か談咲に擬するのみ。
3967 山峡に咲ける桜をただ一目君に見せてば何をか思はむ
3968 鴬の来鳴く山吹うたがたも君が手触れず花散らめやも沽洗の二日、掾大伴宿禰池主。
三月の三日、守大伴宿禰家持が更に贈れる歌一首、また短歌
含弘の徳、恩を蓬体に垂れ、不貲の思、陋心に報へ慰めしむ。来眷を載荷し、喩ふる所に堪ふること無し。但稚き時、遊藝の庭に渉らず、横翰の藻、自ら彫虫に乏し。幼年山柿の門に逕らず、裁歌の趣、詞を叢林に失ふ。爰に藤を以て錦に続ぐといふ言を辱くす。更に石を将て瓊に同じくする詠を題す。固に俗愚懐癖、黙止すること能はず。仍数行を捧げて、式て嗤咲に酬ふ。其の詞に曰く、
3969 大王の 任のまにまに しなざかる 越を治めに 出でて来し ますら我すら 世間の 常し無ければ 打ち靡き 床に臥い伏し 痛けくの 日に異に増せば 悲しけく ここに思ひ出 苛なけく そこに思ひ出
嘆くそら 安けなくに 思ふそら 苦しきものを 足引の 山来隔りて 玉ほこの 道の遠けば 間使も 遣るよしも無み 思ほしき 言も通はず 玉きはる 命惜しけど 為むすべの たどきを知らに 隠り居て 思ひ嘆かひ 慰むる 心はなしに 春花の 咲ける盛りに 思ふどち 手折り挿頭さず 春の野の 茂み飛び漏く 鴬の 声だに聞かず 娘子らが 春菜摘ますと 紅の 赤裳の裾の 春雨に にほひ湿づちて 通ふらむ 時の盛りを いたづらに 過ぐし遣りつれ 偲はせる 君が心を うるはしみ この夜すがらに 眠も寝ずに 今日もしめらに 恋ひつつそ居る
3970 足引の山桜花一目だに君とし見てば吾恋ひめやも
3971 山吹の茂み飛び漏く鴬の声を聞くらむ君は羨しも
3972 出で立たむ力を無みと隠り居て君に恋ふるに心神もなし
三月の三日、大伴宿禰家持。
晩春の三日、遊覧する七言の詩一首、また序
上巳の名辰、暮春の麗景、桃花瞼を照して、紅を分つ。柳の色苔を含みて緑を競ふ。時に手を携へて曠く江河の畔を望り、酒を訪ひて迥かに野客の家に過ぐ。既にして琴樽性を得、蘭契光を和らぐ。嗟乎、今日恨むる所は、徳星已に少きか。若し寂含の章を扣かずは、何を以てか逍遥の趣を抒べむ。忽に短筆に課して、聊かに四韻を勒すなり。
余春の媚日怜賞すべし 上巳の風光覧遊するに足れり 柳陌江に臨みてゲン服*を縟にし 桃源海に通ひて仙舟を泛ぶ 雲罍桂を酌みて三清湛へ 羽爵人を催して九曲流る 縦に酔ひ陶心彼我を忘れ 酩酊処として淹しく留らざること無し
三月の四日、大伴宿禰池主。
掾大伴宿禰池主が報贈ふる歌二首、また短歌
昨日短懐を述べ、今朝耳目を汗す。更に賜書を承り、且不次を奉る。死罪々々謹み言す。下賎を遺れず、頻に徳音を恵む。英雲星気、逸調人に過ぎたり。智水仁山、既に琳瑯の光彩を韜み、潘江陸海、自ら詩書の廊廟に坐す。思ひを非常に騁せ、情を有理に託け、七歩に章を成し、数篇紙に満つ。巧に愁人の重患を遣り、能く恋者の積思を除く。山柿の歌泉、此に比ぶるに蔑きが如し。彫龍の筆海、粲然として看ることを得。方に僕の幸有ることを知りぬ。敬みて和ふる歌、其の詞に云く、
3973 大王の 命畏み 足引の 山野障らず 天ざかる 夷も治むる 大夫や なにか物思ふ 青丹よし 奈良道来通ふ 玉づさの 使絶えめや 隠り恋ひ 息づきわたり 下思に 嘆かふ我が背
古ゆ 言ひ継ぎ来らく 世間は 数なきものそ 慰むる こともあらむと 里人の 吾に告ぐらく 山傍には 桜花散り 容鳥の 間なくしば鳴く 春の野に すみれを摘むと 白布の 袖折り返し 紅の 赤裳裾引き 娘子らは 思ひ乱れて 君待つと うら恋すなり 心ぐし いざ見にゆかな ことはたな知れ
3974 山吹は日に日に咲きぬうるはしと吾が思ふ君はしくしく思ほゆ
3975 我が背子に恋ひすべなかり葦垣の外に嘆かふ吾し悲しも
三月の五日、大伴宿禰池主。
守大伴宿禰家持が、また報贈ふる詩一首、また短歌
昨暮使を来る。幸なるかも、晩春遊覧の詩を垂れ、今朝信を累ぬ。辱きかも、相招望野の歌を賜はる。一たび玉藻を看て、稍欝結を写し、二たび秀句を吟ひて、已に愁緒をのぞく。此の眺翫にあらずは、孰か能く心を暢べむ。但惟下僕、禀性彫り難く、闇神瑩くこと靡し。翰を握れば毫を腐し、研に対へば渇を忘る。終日因流して、綴れども能はず。所謂文章の天骨、習へども得ず。豈字を探り韻を勒して、雅篇に叶和するに堪へむ。抑々鄙里の少児に聞く、古の人言酬いざるは無しと。聊か拙詠を裁りて、敬みて解咲に擬す。如今言を賦し韻を勒し、斯の雅作の篇に同じくす。豈石を将て瓊に同じくし、声遊の走曲に唱ふるに殊ならむ。抑小児の濫謡に譬ふ。敬みて葉端に写し、式て乱に擬すに曰く、
七言一首
抄春の余日媚景麗し 初巳の和風払ひて自ら軽し 来燕泥を銜えて宇を賀きて入る 帰鴻廬を引きて迥かに瀛に赴く 聞く君が嘯侶新たに曲を流すことを 禊飲爵を催して河の清きに泛ぶ 此の良宴を追尋せむと欲すれども 還りて知りぬ染懊して脚のレイテイ*することを
短歌二首
3976 咲けりとも知らずしあらば黙もあらむこの山吹を見せつつもとな
3977 葦垣の外にも君が寄り立たし恋ひけれこそは夢に見えけれ
三月の五日、大伴宿禰家持が病み臥やりてよめる。
恋の緒を述ぶる歌一首、また短歌
3978 妹も吾も 心は同じ たぐへれど いやなつかしく 相見れば 常初花に 心ぐし 目ぐしもなしに 愛しけやし 吾が奥妻 大王の 命畏み 足引の 山越え野行き 天ざかる 夷治めにと 別れ来し その日の極み あら玉の 年行き返り 春花の うつろふまでに 相見ねば 甚もすべ無み 敷布の 袖返しつつ 寝る夜おちず 夢には見れど うつつにし 直にあらねば 恋しけく 千重に積もりぬ 近くあらば 帰りにだにも うち行きて 妹が手枕
差し交へて 寝ても来ましを 玉ほこの 道はし遠く 関さへに 隔りてあれこそ よしゑやし よしはあらむそ 霍公鳥 来鳴かむ月に いつしかも 早くなりなむ 卯の花の にほへる山を 外のみも 振り放け見つつ 近江路に い行き乗り立ち 青丹よし 奈良の吾家に 鵺鳥の うら嘆げしつつ 下恋に 思ひうらぶれ 門に立ち 夕占問ひつつ 吾を待つと 寝すらむ妹を 逢ひて早見む
3979 あら玉の年返るまで相見ねば心も萎に思ほゆるかも
3980 ぬば玉の夢にはもとな相見れど直にあらねば恋ひやまずけり
3981 足引の山来隔りて遠けども心しゆけば夢に見えけり
3982 春花のうつろふまでに相見ねば月日数みつつ妹待つらむそ
右、三月の二十日の夜裏、忽ち恋の情を起してよめる。大伴宿禰家持。
立夏四月、既く累日を経て、由ほ霍公鳥の喧を聞かず。因れ恨みてよめる歌二首
3983 足引の山も近きを霍公鳥月立つまでに何か来鳴かぬ
3984 玉に貫く花橘を乏しみしこの我が里に来鳴かずあるらし
霍公鳥は立夏日、必ず来鳴きぬ。又越中の風土、橙橘希なり。此に因りて大伴宿禰家持が懐を感発けて、此歌を裁めり。三月二十九日。
二上山の賦一首
此山ハ射水郡ニ在リ
3985 射水川 い行き廻れる 玉くしげ 二上山は 春花の 咲ける盛りに 秋の葉の にほへる時に 出で立ちて 振り放け見れば 神柄や そこば貴き 山柄や 見が欲しからむ すめ神の 裾廻の山の 澁谿の 崎の荒磯に 朝凪に 寄する白波
夕凪に 満ち来る潮の いや増しに 絶ゆることなく 古ゆ 今の現在に かくしこそ 見る人ごとに 懸けて偲はめ
3986 澁谿の崎の荒磯に寄する波いやしくしくに古思ほゆ
3987 玉くしげ二上山に鳴く鳥の声の恋しき時は来にけり
右、三月の三十日、興に依けてよめる。大伴宿禰家持。
四月の十六日の夜裏、遥かに霍公鳥の喧を聞きて懐を述ぶる歌一首
3988 ぬば玉の月に向ひて霍公鳥鳴く音遥けし里遠みかも
右、大伴宿禰家持がよめる。
大目秦忌寸八千島の館にて、守大伴宿禰家持を餞する宴の歌二首
3989 奈呉の海の沖つ白波しくしくに思ほえむかも立ち別れなば
3990 我が背子は玉にもがもな手に巻きて見つつ行かむを置き去かば惜し
右、守大伴宿禰家持が正税帳を以ちて京師に入らむとす。仍此歌をよみて、相別の嘆を陳ぶ。四月二十日。
布勢水海に遊覧べる賦一首、また短歌
此海ハ射水郡ノ舊江村ニ在リ
3991 物部の 八十伴男の 思ふどち 心遣らむと 馬並めて 彼此触の 白波の 荒磯に寄する 澁谿の 崎廻り 松田江の 長浜過ぎて 宇奈比川 清き瀬ごとに 鵜川立ち か行きかく行き 見つれども そこも飽かにと 布施の海に 舟浮け据ゑて 沖へ榜ぎ 辺に榜ぎ見れば 渚には あぢ群騒き 島廻には 木末花咲き ここばくも 見のさやけきか 玉くしげ 二上山に 延ふ蔦の 行きは別れず
あり通ひ いや毎年に 思ふどち かくし遊ばむ 今も見るごと
3992 布勢の海の沖つ白波あり通ひいや毎年に見つつ偲はむ
右、守大伴宿禰家持がよめる。四月廿四日。
布勢水海に遊覧びたまへる賦に敬和す一首、また一絶
3993 藤波は 咲きて散りにき 卯の花は 今そ盛りと 足引の 山にも野にも 霍公鳥 鳴きし響めば 打ち靡く 心も撓に そこをしも うら恋しみと 思ふどち 馬打ち群れて 携はり 出で立ち見れば 射水川 水門の渚鳥 朝凪に
潟に漁りし 潮満てば 嬬呼び交す 羨しきに 見つつ過ぎ行き 澁谿の 荒磯の崎に 沖つ波 寄せ来る玉藻
片縒りに 蘰に作り 妹がため 手に巻き持ちて うらぐはし 布勢の水海に 海人船に 真楫掻い貫き 白布の 袖振り返し 率ひて 我が榜ぎ行けば 乎布の崎 花散りまがひ 渚には 葦鴨騒き さざれ波 立ちても居ても 榜ぎ廻り 見れども飽かず 秋さらば 黄葉の時に 春さらば 花の盛りに かもかくも 君がまにまと かくしこそ 見も明らめめ 絶ゆる日あらめや
3994 白波の寄せ来る玉藻世の間も継ぎて見に来む清き浜傍を
右、掾大伴宿禰池主がよめる。四月廿六日追和。
四月の二十六日、掾大伴宿禰池主が館にて、税帳使守大伴宿禰家持を餞する宴の歌、また古歌四首
3995 玉ほこの道に出で立ち別れなば見ぬ日さまねみ恋しけむかも
右の一首は、大伴宿禰家持がよめる。
3996 我が背子が国へましなば霍公鳥鳴かむ五月は寂しけむかも
右の一首は、介内藏忌寸繩麿がよめる。
3997 吾なしとな侘び我が背子霍公鳥鳴かむ五月は玉を貫かさね
右の一首は、守大伴宿禰家持が和ふ。
石川朝臣水通が橘の歌一首
3998 我が屋戸の花橘を花ごめに玉にそ吾が貫く待たば苦しみ
右の一首、伝へ誦むは主人大伴宿禰池主なりき。
守大伴宿禰家持が館にて飲宴の歌一首
四月二十六日
3999 都方に立つ日近づく飽くまてに相見て行かな恋ふる日多けむ
立山の賦一首、また短歌
此山ハ新河郡ニ在リ
4000 天ざかる 夷に名懸かす 越の中 国内ことごと 山はしも 繁にあれども 川はしも 多にゆけども すめ神の 領きいます 新川の その立山に 常なつに 雪降り敷きて 帯ばせる 片貝川の 清き瀬に 朝宵ごとに 立つ霧の 思ひ過ぎめや あり通ひ いや毎年に 外のみも 振り放け見つつ 万代の 語らひぐさと いまだ見ぬ 人にも告げむ 音のみも 名のみも聞きて 羨しぶるがね
4001 立山に降り置ける雪を常なつに見れども飽かず神ながら*ならし
4002 片貝の川の瀬清くゆく水の絶ゆることなくあり通ひ見む
四月の二十七日、大伴宿禰家持がよめる。
立山の賦に敬和す一首、また二絶
4003 朝日さし 背向に見ゆる 神ながら 御名に負はせる 白雲の 千重を押し分け 天進り 高き立山
冬夏と 別くこともなく 白布に 雪は降り置きて 古ゆ 在り来にければ 凝々しかも 巌の神さび 玉きはる 幾代経にけむ 立ちて居て 見れども霊し 峯高み 谷を深みと 落ち激つ 清き河内に 朝離らず 霧立ち渡り 夕されば 雲居たな引き 雲居なす 心も萎に 立つ霧の 思ひ過ぐさず 行く水の 音も清けく 万代に 言ひ継ぎゆかむ 川し絶えずは
4004 立山に降り置ける雪の常なつに消ずてわたるは神ながらとそ
4005 落ち激つ片貝川の絶えぬごと今見る人も止まず通はむ
右、掾大伴宿禰池主が和ふ。四月廿八日。
京に入らむこと漸近く、悲しみの情撥ひ難くて、懐を述ぶる歌一首、また一絶
4006 かき数ふ 二上山に 神さびて 立てる樛の木
幹も枝も 同じ常磐に 愛しきよし 我が背の君を 朝離らず 逢ひて言問ひ 夕されば 手携はりて 射水川 清き河内に 出で立ちて 我が立ち見れば 東風の風 甚くし吹けば 水門には 白波高み 嬬呼ぶと 渚鳥は騒く 葦刈ると 海人の小舟は 入江榜ぐ 楫の音高し そこをしも あやに羨しみ 偲ひつつ 遊ぶ盛りを 天皇の 食す国なれば 御言持ち 立ち別れなば 後れたる 君はあれども 玉ほこの 道ゆく我は 白雲の 棚引く山を 岩根踏み 越え隔りなば 恋しけく 日の長けむそ そこ思へば 心し痛し 霍公鳥 声にあへ貫く 玉にもが 手に巻き持ちて 朝宵に 見つつゆかむを 置きて去かば惜し
4007 我が背子は玉にもがもな霍公鳥声にあへ貫き手に巻きてゆかむ
右、大伴宿禰家持が掾大伴宿禰池主に贈る。四月卅日。
忽に入京述懐の作を見て、生きながら別るる悲しみ、腸を断つこと万回。怨緒禁き難し。聊か所心を奉す一首、また二絶
4008 青丹よし 奈良を来離れ 天ざかる 夷にはあれど 我が背子を 見つつし居れば 思ひ遣る 事もありしを 大王の 命畏み 食す国の 事執り持ちて 若草の 脚帯手装り 群鳥の 朝立ち去なば 後れたる 吾や悲しき 旅にゆく 君かも恋ひむ 思ふそら 安くあらねば 嘆かくを 留めもかねて 見わたせば 卯の花山の 霍公鳥 音のみし泣かゆ 朝霧の 乱るる心 言に出でて 言はば忌々しみ 礪波山 手向の神に 幣まつり 吾が乞ひ祈まく 愛しけやし 君が直香を 真幸くも 在り廻り 月立たば 時も易はさず 撫子が 花の盛りに 相見しめとそ
4009 玉ほこの道の神たち幣はせむ吾が思ふ君をなつかしみせよ
4010 うら恋し我が背の君は撫子が花にもがもな朝旦見む
右、大伴宿禰池主が報贈ふる和歌。五月二日。
放逸せる鷹を思ひ、夢に見て感悦びよめる歌一首、また短歌
4011 大王の 遠の朝廷と* 御雪降る 越と名に負へる 天ざかる 夷にしあれば 山高み 川透白し 野を広み 草こそ茂き 鮎走る 夏の盛りと 島つ鳥 鵜養が伴は 行く川の 清き瀬ごとに 篝さし なづさひ上る 露霜の 秋に至れば 野も多に 鳥多集けりと 大夫の 友誘ひて 鷹はしも あまたあれども 矢形尾の 吾が大黒に大黒ハ蒼鷹ノ名ナリ 白塗の
鈴取り付けて 朝猟に 五百つ鳥立て 夕猟に 千鳥踏み立て 追ふ毎に 免すことなく 手放も 還も可易き これをおきて または在り難し さ並べる 鷹は無けむと 心には 思ひ誇りて 笑まひつつ 渡る間に 狂れたる 醜つ翁の 言だにも 我には告げず との曇り 雨の降る日を 鳥猟すと 名のみを告りて 三島野を 背向に見つつ 二上の 山飛び越えて 雲隠り 翔り去にきと 帰り来て 咳れ告ぐれ 招くよしの そこに無ければ 言ふすべの たどきを知らに 心には 火さへ燃えつつ 思ひ恋ひ 息吐きあまり けだしくも 逢ふことありやと 足引の 彼面此面に 鳥網張り 守部を据ゑて ちはやぶる 神の社に 照る鏡 倭文に取り添へ 乞ひ祈みて 吾が待つ時に 少女らが 夢に告ぐらく 汝が恋ふる その秀つ鷹は 松田江の 浜ゆき暮らし つなし捕る 氷見の江過ぎて 多古の島 飛び徘徊り 葦鴨の 多集く舊江に 一昨日も 昨日もありつ 近くあらば いま二日だみ 遠くあらば 七日のうちは 過ぎめやも 来なむ我が背子 ねもころに な恋ひそよとそ 夢*に告げつる
4012 矢形尾の鷹を手に据ゑ三島野に猟らぬ日まねく月そ経にける
4013 二上の彼面此面に網さして吾が待つ鷹を夢に告げつも
4014 松反りしひにてあれかもさ山田の翁がその日に求めあはずけむ
4015 心には緩ぶことなく須加の山すかなくのみや恋ひわたりなむ
右、射水郡古江の村にて蒼鷹を取獲たり。形容美麗しくて、雉を鷙ること群に秀れたり。時に養吏山田史君麿、調試節を失ひ、野猟候に乖く。風に搏る翅、高く翔り雲に匿る。腐鼠の餌、呼び留むるに験靡し。是に羅網を張り設けて非常を窺ひ、神祇に奉幣して虞らざるを恃む。粤に夢裏に娘子有り。喩して曰く、使君苦念を作して空に精神を費すこと勿れ。逸放せる彼の鷹、獲り得むこと未幾。須叟ありて覚寤して、懐に悦びて、因恨みを却す歌をよみ、式て感信を旌す。守大伴宿禰家持。九月二十六日ニ作メリ。
高市連黒人が歌一首 年月審ラカナラズ
4016 婦負の野のすすき押しなべ降る雪に宿借る今日し悲しく思ほゆ
右、此の歌を伝へ誦むは三國真人五百國なり。
二十一年春正月の二十九日、よめる歌
4017 東風
越ノ俗語ニ東風ヲアユノカゼト謂ヘリ
甚く吹くらし奈呉の海人の釣する小舟榜ぎ隠る見ゆ
4018 水門風寒く吹くらし奈呉の江に嬬呼び交し鶴多に鳴く
4019 天ざかる夷とも著くここだくも繁き恋かも和る日もなく
4020 越の海の信濃 浜ノ名ナリ
の浜をゆき暮らし長き春日も忘れて思へや
右の四首は、大伴宿禰家持。
礪波郡雄神河の辺にてよめる歌一首
4021 雄神川紅にほふ娘子らし葦付 水松ノ類 取ると瀬に立たすらし
婦負郡にて鵜坂河を渡る時よめる歌一首
4022 鵜坂川渡る瀬多みこの吾が馬の足掻の水に衣濡れにけり
潜鵜人を見てよめる歌一首
4023 婦負川の早き瀬ごとに篝さし八十伴男は鵜川立ちけり
新河郡にて延槻河を渡る時よめる歌一首
4024 立山の雪し消らしも延槻の川の渡り瀬鐙漬かすも
氣多の大神宮に赴参るに、海辺を行く時よめる歌一首
4025 志雄路から直越え来れば羽咋の海朝凪したり船楫もがも
能登郡にて、香島の津より発船して、熊來の村を射して徃く時よめる歌二首
4026 鳥総立て船木伐るといふ能登の島山今日見れば木立繁しも幾代神びそ
4027 香島より熊來をさして榜ぐ船の楫取る間なく都し思ほゆ
鳳至郡にて饒石川を渡る時よめる歌一首
4028 妹に逢はず久しくなりぬ饒石川清き瀬ごとに水占はへてな
珠洲郡より発船して、太沼郡に還る時、長濱の湾に泊てて月光を仰見てよめる歌一首
4029 珠洲の海に朝開きして榜ぎ来れば長濱の浦に月照りにけり
右の件の歌詞は、春の出挙に依りて諸郡を巡行る。当時目に属く所によめる。大伴宿禰家持。
鴬の晩哢を怨む歌一首
4030 鴬は今は鳴かむと片待てば霞たな引き月は経につつ
造酒歌一首
4031 中臣の太祝詞言言ひ祓へ贖ふ命も誰がために汝
右、大伴宿禰家持がよめる。
巻第十七 了
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