・国立国会図書館 [菜根譚. 巻之上] 、
[ 巻之下]
菜根譚(さいこんたん) 後集 121~135 洪自誠
《前集は人の交わりを説き、後集では自然と閑居の楽しみを説く》
後集121項 心に影を留めない
耳根似颷谷投響、過而不留、則是非倶謝。
心境如月池浸色、空而不着、則物我両忘。
耳根(にこん)は颷谷(ひょうこく)の響(ひび)きを投(とう)ずるに似(に)、
過(す)ぎ而(しか)して留(とど)め不(ざ)れば、則(すなわ)ち是非(ぜひ)倶謝(ぐしゃ)す。
心境(しんきょう)は月池(げっち)の色(いろ)を浸(ひた)すが如(ごと)く、空(くう)而(しか)して着(ちゃく)せ不(ざ)れば、則(すなわ)ち物我(ぶつが)両忘(りょうぼう)す。
耳の機能は、つむじ風が谷を廻る音に似て、音が止んでしまえば、良し悪しは無くなる。
心と対象となる現象の関係は、月が池に映っている状態に似て、実態でない「空」という状態を認識して執着を捨てれば、物と心という対立関係は両忘される。
つまり、この世の全ては現象であり実態ではない。言換えれば物も心も同根であり、心身一如であるから、そこには対立関係は存在しないのである。
言換えれば、達人は大自然の原理原則は、無対立、無犠牲、循環慣性であることを悟っていなければならない。
後集122項 心しだいで苦海となる
世人為栄利纏縛、動曰塵世苦海。
不知雲白山青、川行石立、花迎鳥咲、谷答樵謳。
世亦不塵、海亦不苦、彼自塵苦其心爾。
世人(せじん)は栄利(えいり)の為(ため)に纏縛(てんばく)せられて、動(やや)もすれば塵世(じんせ)苦海(くかい)と曰(い)う。
知(し)らず、雲(くも)白(しろ)く山(やま)青(あお)く、川(かわ)
行(ゆ)き石(いし)立(た)ち、花(はな)迎(むか)え鳥(とり)咲(わら)い、谷(たに)答(こた)え樵(きこり)謳(うた)う。
世(よ)も亦(また)塵(じん)ならず、海(うみ)も亦(ま)た苦(く)ならず、彼(かれ)自(みずか)ら其(そ)の心(こころ)を塵苦(じんく)にするのみ。
世間の人々は名誉や利益を求める事に心が縛られ、ともすれば、この世は汚れて苦労の多いところ(苦海)だと言う。
しかし、雲は白くして山は青く、川は流れて岩そそり立ち、花は咲きて鳥は歌い、谷はこだまし木こりは歌う。
この世自体は汚れもないし、苦の海でもなく、世間の人々が勝手に自分の心を汚がし苦しんでいるだけだ。
つまり、現前する事実には美醜も苦楽も決め付られた価値は何も無く、それを受け取る側の人間の心が勝手な価値を与えているだけなのだ。
言換えれば、達人は俗人の様に勝手に一喜一憂するのではなく、眼前の事実をあるがままに受け入れ、あるがままにしておき、其の中に本質を見出し、勝手な価値判定をせずに淡々と生きてる人ということになる。
後集123項 花は五分咲き
花看半開、酒飲微酔。
此中大佳趣。
若至爛漫骸、便成悪境矣。
履盈満者、宜思之。
花(はな)半(なかば)開(ひら)くを看(み)、酒(さけ)微(かすか)に酔(よい)に飲(を)む。
此(この)中(うち)に大(おお)いに佳趣(かしゅ)有(あ)り。
若(も)し爛漫骸(らんまんもうとう)に至(いた)らば、便(すなわ)ち悪境(あくきょう)を成(な)す。
盈満(えいまん)を履(ふ)む者(もの)、宜(よろ)しく之(これ)を思(おも)うべし。
花は五分咲きを観て、酒はほろ酔い程度に飲む。
このような状態がこの上なく素晴らしいのだ。
もし、満開の花を観て泥酔するほど酒を飲めば、この世の地獄と化すのだ。
絶頂期にある者は、この点をよく考えておこう。
つまり、達人は、何事も控えめで、少々足りない程度を最適と自覚しておきなさいということだ。
言い換えれば、心身の健康には、何事も腹八分、足るを知る心ということだ。
後集124項 悪習に染まったせい
山肴不受世間潅漑、野禽不受世間拳養、其味皆香而且冽。
吾人能不為世法所点染、其臭味不迥然別乎。
山肴(さこう)は世間(せけん)の潅漑(かんがい)を受(う)けず、野禽(やきん)は世間(せけん)の拳養(けんよう)を受けず、其(そ)の味(あじ)皆(みな)香(かんば)しくして且(か)つ冽(れつ)なり。
吾人(ごじん)能(よ)く世法(せほう)に点染(てんせん)せられざれば、其(そ)の臭味(しゅうみ)は、迥然(けいぜん)として別(べつ)ならずや。
山菜は人の世話を受けないで育ち、野性の生き物も人の世話を受けずに育ち、其々の味は風味があり個性的である。
我々人間も、俗世間の慣習に染められなければ、その人望や風格は格別だろう。
つまり、達人は、大いなる自然の摂理に学び、独立独歩で生きてゆけば、元来の面目が現れ、大人格者となるだろうということだ。
言換えれば、達人を慕う後輩がいれば、彼らを自分の価値観で教育しようなどとは考えてはいけないという戒めである。
後集125項 かたちをまねるだけ
栽花種竹、玩鶴観魚、亦要有段自得処。
若徒留連光景、玩弄物華、亦吾儒之口耳、釈氏之頑空而已。
有何佳趣。
花(はな)を栽(う)え竹(たけ)を種(う)え、鶴(つる)を玩(もてあそび)び魚(うお)を観(み)るも、亦(また)段(だん)の自得(じとく)する処(ところ)有(あ)るを要(よう)す。
若(も)し徒(いたず)らに光景(こうけい)に留連(りゅうれん)し、物華(ぶつか)を玩弄(がんろう)せば、亦(また)吾(わ)が儒(じゅ)の口耳(こうじ)、釈氏(しゃくし)の頑空(がんくう)のみ。
何(なん)の佳趣(かしゅ)か有(あ)らん。
花を植え竹を育て、鶴を飼い慣らし魚を鑑賞するにも、何かの気付きが無ければならない。
もし、漫然と景色を眺めて外観に心を奪われていては、我々儒教者が言うところの「身にならない行為」であり、釈尊が言う「無いものに囚われ拘る生き方」
なのだ。
こんなことでは風流と言い難い。
つまり、一見では達人と思える風流人でも、外観に気を取られ、本質を観る事が出来ていなければ、俗人であり、無駄な時間を使う人生だということ。
言換えれば、達人とは如何なる状態にあっても、概観に囚われず、見るもの聴くものに本質を見出す心がなければなりません、ということだ。
後集126項 野垂れ死にしても
山林之士、清苦而逸趣自饒、農野之夫、鄙略而天真渾具。
若一矢身市井伹?、不若転死溝壑神骨猶清。
山林(さんりん)の士(し)は、清苦(せいく)にして而(しか)も逸趣(いつしゅ)自(おのず)から饒(おお)く、農野(のうふ)の夫(ふ)は、鄙略(ひりゃく)にして而(しか)も天真(てんしん)渾(すべ)て具(そな)わる。
若(も)し一(ひと)たび身(み)を市井(しせい)の伹?(しょかい)に失(しっ)さば、溝壑(こうがく)に転死(てんし)して、神骨(しんこつ)猶(なお)清(きよ)きに若(し)かず。
山林で隠遁生活をしている者は、清貧であっても俗世間を超えた豊かさがあり、田畑で働く農夫は粗野でぞんざいだが、天性の純真な心が備わっている。
もし仮に、町市場の商人になるようなことがあるなら、餓えて崖から落ちて死んだ方が良いという清い心をであるべきだ。
つまり、人間は多くの場合、人間関係により汚れ穢れてゆくので、大自然との関係を深め、人間関係を軽減した生き方をしていなさいということ。
言換えれば、達人は下衆な人間との関係を持たず、大自然の中で、素朴は人々と供に生きて行きなさいということ。
翻って言えば、利益を貪り、同業者の蹴落とし競争に明け暮れるビジネスマンと付き合う位なら死んだ方が良いという位の覚悟があるのが達人と言えるかもしれない。
後集127項 人生の落とし穴
非分之福、無故之獲、非造物之釣餌、即人世之機?。
此処着眼不高、鮮不堕彼術中矣。
分(ぶん)に非(あら)ざるの福(さいわい)、故(ゆえ)無(な)きの獲(えもの)は、造物(ぞうぶつ)の釣餌(ちょうじ)に非(あら)ざれば、即(すなわ)ち人世(じんせ)の機?(きせい)なり。
此(こ)の処(ところ)眼(め)を着(つ)くること高(たか)からざれば、彼(か)の術中(じゅっちゅう)に堕(お)ちざること鮮(すくな)し。
分不相応な幸福や理由も無く手に入った物は、造物者が人を釣上げる餌でなければ、人の世に仕掛けられた落とし穴である。
このような場面の出会った場合、目の付け所を高くしておかないと、その計略に引っかからないことは無い。
つまり、人間は分相応ということを忘れてはならないということだ。
言い換えれば、達人は、分相応を超えていると思われるような物事には、近付かない賢明さが安心して生きてゆく上の大事な要素となることを肝に銘じておこう。
後集128項 自分の手にあやつる糸を
人生原是一傀儡。
只要根蒂在手。
一線不乱、巻舒自由、行止在我。
一毫不受他人提?、便超出此場中矣。
人生(じんせい)は原(もと)是(こ)れ一(いつ)の傀儡(かいらい)なり。只(ただ)根蒂(こんてい)の手(て)に在(あ)るを要(よう)す。
一線(いっせん)乱(みだ)れず、巻舒(かんじょ)自由(じゆう)なれば、行止(こうし)我(われ)に在(あ)り。
一毫(いちごう)も他人(たにん)の提?(てつてつ)を受(う)けざれば、便(すなわ)ち此(こ)の場中(じょうちゅう)を超出(ちょうしゅつ)せん。
この世に今生きている人間は、元来、一体のあやつり人形のようなものだ。
だからこそ、その根元は自分で握っている必要があるのだ。
糸の一本も乱さず、自由自在に巻いては伸ばしていれば、全ては自分の意志次第となる。
他人の干渉を少しも受けなければ、操り人形として動く舞台を抜け出すぇるだろう。
つまり、社会的なマインドコントロールを受けている客体的、受動的な俗人は、見えない糸に踊らされ、自分の人生を実現できないが、主体的で、能動的な達人は操り人形ではなく、正に本来の自分を実現している人間ということになるのだ。
言い換えれば、達人は、流行だ、潮流だと言われるようなマスコミに操作された価値とは絶縁し、主体的な人生を送ることが人生を成功させるコツということだろう。
後集129項 平穏がもっとも望ましい
一事起則一害生。
故天下常以無事為福。
読前人詩云、勧君莫話封候事、一将功成万骨枯。
又云、天下常令万事平、匣中不惜千年死。
雖有雄心猛気、不覚化為氷霰矣。
一事(いちじ)起(お)これば一害(いちがい)生(しょう)ず。
故(ゆえ)に天下(てんか)は常(つね)に無事を以(もっ)て福(ふく)と為(な)す。
前人(ぜんじん)の詩(し)を読(よ)むに、云(いわ)く「君(きみ)に勧(すす)む封候(ほうこう)の事(こと)を語(かた)ること莫(なか)れ、一将(いっしょう)功成(こうなり)りて万骨(ばんこつ)枯(か)る」。
又(ま)た云(い)く、「天下(てんか)常(つね)に万事(ばんじ)をして平(たい)らかならしむれば、匣中(こうちゅう)に千年(せんねん)死(し)するを惜(お)しまず」。
雄心(ゆうしん)猛気(もうき)有(あ)りと雖(いえど)も、覚(おぼ)えず化(か)して氷霰(ひょうさん)と為(な)る。
何か一つ出来事があれば、一つの弊害が生れる。
だから、この世は、何事も起きないことを良しとしてきた。
昔の人の詩を読むと、「君、立身出世の話はしないでくれ。何故なら、一人の将軍の功績の影では膨大な兵士が犠牲となり、戦場で朽ち果てているからだ」
また、「天下泰平が実現できるなら、箱の中で千年も使われなくても、少しも悔むことはない(武将が自分を刀に準えたのだろう)」
(この弁からすれば)勇猛果敢な心があっても、氷やあられのように、知らない内に消えてしまう。
つまり、百戦錬磨の将軍でさえ、悲惨な現実を見続けていれば、戦意は消失し、何事も無い事が一番だと悟るものなのだ。
言い換えれば、達人は、禅語にいう「無事是貴人」、自然に手を加えないことが貴い事、ということを心に銘じておくべきだだろう。
後集130項 寺も俗界と変わらない
淫奔之婦、矯而為尼、熱中之人、激而入道。
清浄之門、常為婬邪之渕藪也如此。
淫奔(いんばく)の婦(ふ)は、矯(きょう)して尼(に)と為(な)り、熱中(ねっちゅう)の人(ひと)は、激(げき)して道(みち)に入(い)る。清浄(せいじょう)の門(もん)、常(つね)に婬邪(いんじゃ)の渕藪(えんそう)と為(な)るや、此(かく)の如(ごと)し。
多情な女は遊びすぎて尼僧となり、理性を失った男は思いつめて仏道に入る。
元来は清く正しい寺院が、常に淫らな女と邪(よこしま)な男の巣窟となる理由はこんなことだ。
つまり、**内*聴や今*光のような者が邪道を説いていれば仏教が地に落ちるのも理解できる。しかし、そのような男女であれ、仏門に向い入れ、本来無一物の仏道を諭せない師家が多いのもまた事実だし、反面教師もまた教師で、野に在るよりは悟るチャンスは多くなるので、出家は歓迎すべき事だろう。
言い換えれば、達人よ、くれぐれも本物の師の教えを受けなさいということだ。
翻って言えば、本物は赤貧、無名でパフォーマンスはしないし、面と向って教えるより、背中で導く人です。
後集131項 第三者の立場に
波浪兼天、舟中不知懼、而舟外者寒心。
猖狂罵坐、席上不知警、而席外者咋舌。
故君子身雖在事中、心要超事外也。
波浪(はろう)の天(てん)を兼(か)ねるや、舟中(しゅうちゅう)懼(おそ)るるを知(し)らず、而(しか)して舟外(しゅうがい)の者(もの)は心(こころ)を寒(さむ)くす。
猖狂(しょうきょう)坐(ざ)を罵(ののし)るや、席上(せきじょう)警(いま)しむるを知(し)らず、而(しか)して席外(せきがい)の者(もの)は舌(した)を咋(か)む。
故(ゆえ)に君子(くんし)は、身(み)事中(じちゅう)に在(あ)りと雖(いえど)も、心(こころ)は事外(じがい)に越(こ)えんことを要(よう)するなり。
逆巻く波が天のよう覆い被さってしまえば、舟に乗っている人は怖さを感じないが、外で見ている者は心を震え上がらせる。
猛り狂う者が宴席で罵倒しだすと、同席している者はそれを戒めないから、周囲の客は苦々しく思う。
だから、上に立つ賢い者は、その身が渦中にあっても、心は高く置いて冷静に対処する必要があるということ。
つまり、達人は自分を失うようなことが無い様に群れる事を差し控えておく方が良いが、仮に渦中にあっても付和雷同することが無い様に心しておこう。
言い換えれば、達人は平常心是道なり、を座右の銘にしておこう。
後集132項 減らすことを考える
人生減省一分、便超脱一分。
如交遊減便免紛擾、言語減便寡愆尤、思慮減則精神不耗、聡明減則混沌可完。
彼不求日減而求日増者、真桎梏此生哉。
人生(じんせい)は、一分(いちぶ)を減省(げんせい)すれば、便(すなわ)ち一分(いちぶん)を超脱(ちょうだつ)す。
如(も)し交遊(こうゆう)を減(げん)ずれば便(すなわ)ち紛擾(ふんじょう)を免(まぬが)れ、言語(げんご)を減ずれば、便(すなわ)ち愆尤(けんゆう)寡(すくな)く、思慮(しりょ)を減(げん)ずれば、便(すなわ)ち精神(せいしん)を耗(こう)せず、聡明(そうめい)を減(げん)ずれば、則(すなわ)ち混沌(こんとん)完(まったく)す。
彼(か)の日(ひ)に減(げん)ずるを求(もと)めずして、日(ひ)に増(ま)すを求(もと)むるは、真(まこと)に此(こ)の生(せい)を桎梏(しつこく)するかな。
人生というものは、何かを少し減らせば、少しだけ何かを越えてゆける。
もし付き合いごとを減らせば細々したことから解放され、言葉を減らせば過失を減少でき、思案を減らせば精神的な消耗はしないし、“かしこさ”を減らせば混沌の無い本来の心を実現できる。
日々に出来事を減らそうとせず、逆に増やして行こうとするなら、真実、自分持自身で自分自身の人生を束縛するようなものだ。
つまり、一日余計に生きれば、一日余分な垢がたまるのが俗人の人生で来る者拒まず去る者追わずならまだしも、人間関係なるものを拡大しようとしている老いた俗人は多弁ゆえに陰口を言われ、下手な考えゆえに馬鹿にされ、結局は疎まれて終わっている。
言い換えれば、達人の生き方は、正に現役時代に付着した垢を落として、本来の心を発現させてゆくべきものだろう。
翻って言えば、達人たる者の人生は「捨てこそ完成される」と肝に銘じておこう。
後集133項 心の動揺を押さえる
天運之寒暑易避、人世之炎凉難除。
人世之炎凉易除、吾心之氷炭難去。
去得此中之氷炭、則満腔皆和気、自随地有春風矣。
天運(てんうん)の寒暑(かんじょ)は避(さ)け易(やす)きも、人(ひと)の世(よ)の炎凉(えんりょう)は除(のぞ)き難(がた)し。
人(ひと)世(よ)の炎凉(えんりょう)は除(のぞ)き易(やす)きも、吾(わ)が心(こころ)の氷炭(ひょうたん)は去(さ)りがたし。
此(こ)の中(なか)の氷炭(ひょうたん)を去(さ)り得(え)ば、則(すなわ)ち満腔(まんくう)皆(みな)和気にして、自(おのず)から地(ち)に随(した)がいて春風(しゅんぷう)有(あ)り。
四季が巡らせる寒さ暑さは簡単に避けることが出来るが、人の世の熱さ冷たさは無くす事が難しい。
人の世の熱さ冷たさは簡単に無くすことできるが、自分の心の熱し易さや冷ややかさは無くし難い。
この心の中の熱し易さや冷ややかさを無くすことが出来れば、胸中は穏やかで自然に春風が吹いている心境になる。
つまり、物理的問題は物理的に解決できるが、心理的問題は物理的には解決できないし、社会的問題は社会的に解決できるが、心理的問題は社会的に解決は出来ないが、心理的問題は心理的に解決するしか方法が無く、それば出来れば大安心の境地だと言っている。
言い換えれば、達人の問題解決技法とは、心理的な方法論の一点に帰すことを悟っておかなければ成らないだろうということだ。
後集134項 自足
茶不求精而壷亦不燥。
酒不求冽而樽亦不空。
素琴無絃而常調、短笛無腔而自適。
縦難超越羲皇、亦可匹儔荊?阮。
茶(ちゃ)は精(せい)を求(もと)めず、而(しか)して壷(つぼ)も亦(また)燥(かわ)かず。
酒(さけ)は冽(れつ)を求(もと)めず、而(しか)して樽(たる)も亦(また)空(むな)しからず。
素琴(そきん)は絃(げん)無(な)くして常(つね)に調(ととの)い、短笛(たんてき)は腔(あな)無(な)くして自(おのず)から適(てき)す。
縦(たと)い羲皇(ぎこう)を超越(ちょうえつ)し難(がた)きも、亦(また)?阮(けいげん)に匹儔(ひっちゅう)すべし。
お茶は極上品を求めなければ、茶壷が空になることはない。
酒は極上品を求めなければ、酒樽が空になることはない。
素朴な琴に弦は無いがいつでも調子が良いし、短い笛に指穴は無いがいつでも音が出せる。
喩え、文字や八卦を発明し産業を発明した天才「羲皇(ぎこう)」を超えることは出来ないまでも、竹林の七賢人である?阮(けいげん)程度にはなれる。
つまり、達人は足るを知れば、天才と言われなくても賢者にはなれるということだ。
言い換えれば、達人とは大自然の原理原則を知って「それ以上」を望まずして、在るがままに生きている人と言えるのだろう。
後集135項 不満を抱かない
釈氏随縁、吾儒素位。
四字是渡海的浮嚢。
蓋世路茫茫、一念求全、則万緒紛起。
随寓而安、則無入不得矣。
釈氏(しゃくし)の随縁(ずいえん)、吾(わ)が儒(じゅ)の素位(そい)、
四字(よじ)は是(こ)れ海(うみ)を渡(わた)るの浮嚢(ふのう)なり。
蓋(けだ)し、世路(せろ)は茫々(ぼうぼう)とし、一念(いちねん)全(まった)きを求(もと)むれば、則(すなわ)ち万緒(ばんしょ)は紛起(ふんき)す。
寓(ぐう)に随(したが)いて安(やす)んずれば、則(すなわ)ち入(い)るとして得(え)ざること無(な)し。
仏教でいう「隋縁(縁起)」、儒教にいう「素位(中庸)」の四字は、人生という海を渡る際の浮き袋となる。
思うに、人生航路は、広々として果てしもく、完璧主義を求めれば全てにゴタゴタが起きる。
現に在る状態に応じて安らかにしていれば、何処に行っても安らぎを得られない事はない。
つまり、究極的は「在るがままに生き」「足るを知る」事こそが人間として生きてゆく上の最上の心持と言うことになるのだろう。
言い換えれば、この菜根譚という教訓集であり心学の最後の教訓こそが「結論」と考えても良く、達人の在り方のゴールといえるだろう。
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引用文献
菜根譚(さいこんたん)
菜根譚(さいこんたん)は、中国の古典の一。前集222条、後集135条からなる中国明代末期のものであり、
主として前集は人の交わりを説き、後集では自然と閑居の楽しみを説いた書物である。
別名「処世修養篇」(孫鏘の説)。明時代末の人、洪自誠(洪応明、還初道人)による随筆集。
その内容は、通俗的な処世訓を、三教一致の立場から説く思想書である。
中国ではあまり重んじられず、かえって日本の金沢藩儒者、林蓀坡(1781年-1836年)によって
文化5年(1822年)に刊行(2巻、訓点本)され、禅僧の間などで盛んに愛読されてきた。
尊経閣文庫に明本が所蔵されている。
菜根譚という書名は、朱熹の撰した「小学」の善行第六の末尾に、
「汪信民、嘗(か)って人は常に菜根を咬み得ば、則(すなわ)ち百事做(な)すべし、と言う。胡康侯はこれを聞き、
節を撃(う)ちて嘆賞せり」という汪信民の語に基づくとされる
(菜根は堅くて筋が多い。これをかみしめてこそものの真の味わいがわかる)。
「恩裡には、由来害を生ず。故に快意の時は、須(すべか)らく早く頭(こうべ)を回(めぐ)らすべし。
敗後には、或いは反(かえ)りて功を成す。故に払心の処(ところ)は、
便(たやす)くは手を放つこと莫(なか)れ(前集10)」
(失敗や逆境は順境のときにこそ芽生え始める。物事がうまくいっているときこそ、
先々の災難や失敗に注意することだ。成功、勝利は逆境から始まるものだ。
物事が思い通りにいかないときも決して自分から投げやりになってはならない)
などの人生の指南書ともいえる名言が多い。日本では僧侶によって仏典に準ずる扱いも受けてきた。
また実業家や政治家などにも愛読されてきた。
(愛読者)
川上哲治
五島慶太
椎名悦三郎
田中角栄
藤平光一
野村克也
吉川英治
笹川良一
広田弘毅
参考文献
今井宇三郎 訳註『菜根譚』岩波書店、岩波文庫、1975年1月、
中村璋八, 石川力山 訳註『菜根譚』講談社、講談社学術文庫、1986年6月、
吉田公平著『菜根譚』たちばな出版、タチバナ教養文庫、1996年7月、
釈宗演著『菜根譚講話』京文社書店、1926年11月
蔡志忠作画、和田武司訳 『マンガ菜根譚・世説新語の思想』講談社、講談社+α文庫、1998年3月、
サンリオ編『みんなのたあ坊の菜根譚 今も昔も大切な100のことば』サンリオ、2004年1月、
守屋洋、守屋淳著『菜根譚の名言ベスト100』PHP研究所、2007年7月、
・[菜根譚 - Wikipedia]
善行81(「小学」に記載)
○汪信民嘗言人常咬得菜根、則百事可做。胡康侯聞之、撃節嘆賞。
【読み】
○汪信民、嘗て人常に菜根を咬み得ば、則ち百事做す可しと言う。胡康侯之を聞き、節を撃ちて嘆賞す。
江守孝三 (Emori Kozo)
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